2016年12月31日土曜日

2016年締め

今年は個人的な区切りの年だった。
長く続いた仕事が終わったので気分的には開放された。
今年のアニメはあまりたくさん見られたわけではないが、ヒット作に性的ファンタジーに頼ったものが少なかったのが良かったと思う。
10年ほど前に比べたら随分と作品のラインナップが豊富になった。
これはとても嬉しい。
後半は劇場アニメヒット作が続いたのも印象的。
来年もこの調子で良い企画が続くといいと思う。
自分も新しいことができるように頑張ろう。

2016年12月2日金曜日

当たるも八卦当たらぬも八卦…ではない

作品が当たる当たらないは、確かに運の要素も大きい。
しかし昨今当たっているアニメは、それなりに内容も付いてきているのではないか。
逆に言うと、内容が面白ければそれなりにヒットする可能性は非常に高くなってきていると思う。
少なくとも今年話題になったアニメで性的ファンタジーをメインに据えた作品の印象が薄いのは喜ぶべきことだと思っている。
それは作り手が、多様性を作り出そうとしていることの表れのようにも感じる。
話題になっている作品でも現場は相当に火を吹いている事も多いが、観客の求めているものと作り手の想像力のハーモニーが重なり始めているのかもしれない。
当たるべきものが当たり始めている。
まだ見ていないが「この世界の片隅に」などの広がりを見て少し希望が湧く。

2016年10月4日火曜日

気になった記事

同業の方のこんなブログを読んで、うん分かると頷きつつ、しかし技術革新だけでは解決できない問題もあるような気がしてしまう。
いずれにせよ、現行の手書きアニメ制作のワークフローが全てデジタル化されてから初めて技術革新てやつと向き合うんだと思う。
紙を使ってる現在ではお話にならない。
フランスなどにも手描きアニメをデジタルで制作している会社はあるようだが、ワークフローはどうなっているのだろう。
たぶん、世界のディズニーのアニメスタジオが「手描き」を手放した現実とこれからがっつり向き合っていくことになるのだろう。

デジタル化して職種をクロスオーバーする:これを実験しているスタジオはいくつかあるようだ。
しかし、現状上手くいきそうな組織はまだない、と思う。
安定的に運用可能な組織を作るためには優秀な人材を集める必要がある。
その優秀な人材を集める、逆に言えば使えない人は組織に入れない、という選別がどの程度可能なのかということについて難しさを感じる。

技術革新と共にビジネス的な革新が必要なのは間違いがないと思う。

2016年9月25日日曜日

映画メモ:聲の形・君の名は

聲の形、聾の映画だと思っていくと面食らう。
広い意味での聲の形=コミュニケーションについての映画。
原作は未見だがニュアンスが違うのではないかと推察。
ああいう話であれば聾というものを扱わないほうが良いのでは?と思ったが、
多分監督あるいは脚本の切り取り方が間違っている可能性を感じた。
コミュニケーションの話が前景化しすぎていて一般的な人間だけでも全く成立する話になってしまっている。
露悪的な表現も却ってテーマをぼやけさせているのではないか。

もう一本、君の名は。
非常に娯楽としてよくできている。
が、「現実はやり直し可能である」というファンタジーに立脚しているのは良くないと思った。
映画の形が良くできているだけに、とても罪深いと思う。

2本に共通して感じたのは現実と映画の関係性に対する考察の欠如。
この時代にこの映画を問う意味というものをもっと考えた方が良いのではないか。
表面的な映画の完成度は2本とも非常に高い。
アニメの官能性は極限まで突き詰められたのではないかとさえ思った。
しかし根本のテーマへの考察の浅さは血の気が引くのを感じる。
この傾向は非常に良くない。
自分の作品がそうなっていないか、あるいはそうならないよう自戒したい。

2016年9月19日月曜日

まだ観られていない話題のアニメ映画

「君の名は」「聲の形」早く観たいなぁ。どちらかというと期待は「聲の形」。
「君の名は」興収が凄いことになってるので、どんなものかと興味本位。
本当にあの大ヒットは羨ましいかぎりですなぁ。
予習をしようと思って前作「言の葉の庭」を見ましたが、絵はとても素晴らしかったですがお話は……よくこれ企画通ったなと思いました。
さて今回はいかに。
しかし作品作れてるのは羨ましい。
自分も何か次の作品やりたいなぁ。

2016年9月10日土曜日

シン・ゴジラ、鑑賞メモ

しばらくぶりの更新。話題のシン・ゴジラを観て思ったことメモ。まずは単純に面白いと思った。…首を捻るディテールも沢山あるのだが、それを凌ぐ良さがある。全体的な映画のルックとしてはリアルにゴジラが東京に上陸したらどうなるのか、というシュミレーション。映画としては庵野さんの引いたリアリティラインがどのくらい上手く機能しているのかが勝負。私の印象的には画的なリアリティの作り方はかなり成功しているが、キャラクターと脚本では、もう一息。
まず、特撮の配置の仕方について。もう何年も前になるけど、樋口さんが特技監督をやっていた平成ガメラシリーズの作りが踏襲されている。
ド派手な特撮シーンが映画本編中、3回。間をドラマでつなぐ。ドラマパートに微妙な特撮は殆ど絡まない。
エネルギーを注ぐところをきっちり決めてつくっているからこそ15億という低予算で出来たのだろう。
特撮パートはとても良かった。
電車爆弾も怪獣映画のクライマックスとしてバカバカしくも楽しかった。
私が一番気になったのはキャラクターのリアリティ。分かりやすい漫画的なキャラクターに微妙に振りすぎたのでは?と感じた。台詞は専門用語はリアルだが、ちょいちょい漫画的な言い回しが引っかかった。
しかし役者の熱演でかなり相殺されてると思う。特に主役の…名前わすれた…ラスト近く自衛隊の前での熱弁はとても良かった。
あの芝居が出る空気に現場を持っていったのは庵野さんの凄さだろう。
脚本で一番気になったのは、死んだ博士がいるという設定。あれは完全に最初の劇場版パトレイバーを想起させるので、一捻りなかったのだろうか?という事とリアリティ的にも、ゴジラを1人で分析して対処方法を編み出した人がいるというのは、政治の世界をリアルに見せようという方針に対して大分リアリティを欠く設定だと思った。
ただゴジラ特別対策チーム?の面々だけで謎解きをするのも地味だし導き出す答えのリアリティをどう作るのかという問題が出来ると思うので本作の一番難しいシナリオの肝だったのかもしれない。
あとは、冒頭のフェイクドキュメンタリーの部分の特に役者の声の下手さはリアリティに繋がってない気がして今ひとつだった。
しかし、全体のバランスとスタッフの熱量は素晴らしく売れるのも納得の映画だと思った。

2016年7月15日金曜日

アニメは打ち込みの電子音楽ではない

アニメの演出家でよくいるのが、声の芝居を紙で絵を描くようにコントロール出来ると思っている人。
でもそれは無理だ。
人間には肉体があるし、それは人それぞれ持っているものが違う。
作曲家が打ち込みでラフの曲を作る時、それが実際演奏できるかどうか考えなくてはいけないように、アニメの演出かもそのセリフがその尺で、その間で実際言えるのか考えなければいけない。
さらに、実際にそれを演じる役者の肉体から発する感情や温度は尊重しなければいけない。
キャラクターは脚本家・演出家・アニメーター・役者のコラボレートで作り上げられる。

それはもしかしたら私たちなんじゃないか

それはもしかしたら私たちなんじゃないか。
そう、物語を見て思わせることは物語について深く考えてもらうためのキッカケであり装置になりうる。
物語を単なる空想で終わらせないためには、受け手に深く考えてもらう鈎が必要だ。
それはもしかしたら私たちなんじゃないか、そう考えさせることは一つの鈎になる。

2016年7月9日土曜日

演出を盛る?ということ


知り合いと話していて考えたこと。
たとえば登場人物の心情をつたえなければいけない時、それをどのくらい盛るか、というのは人によって非常に判断の分かれるところだ。
悲しい出来事が起こったシーンで「雨を降らせる」何ていうのは非常にオーソッドクスな演出である。
「雨」で「悲しみ」を暗喩するのだ。
こういう要領で「悲しみ」の暗喩を積み重なれる事は結構できる。
音楽で盛る事は最もわかりやすい。
しかし重ねすぎるとリアリティーは失われていく可能性が高い。
私は基本的に演出を盛るのが嫌い、でもあり下手なので、なるべく盛らずにすむ方法を模索する。
何もしないと伝わらないが、しかしなるべく最低限の演出で伝わるように心がけたい。
絵の上手い人などは構図で演出を重ねがちなのだが、過剰にやってしまう人が少なくない。
最悪なのは、映像の中で行なわれている芝居や出来事は大して練られていないのに絵の演出だけで乗り切ろうとする人だ。多分本人は無自覚なのだが…
私の個人的な理想は演出なしで、ただその映像に映っているものが魅力を持っている映像である。
それにはシナリオ作りがとてつもなく重要なのではあるが…

久しぶりの更新:雑記

最近自分のところにきたお仕事を見つつ思った事。
世の中には大した展望もなく立てられてる企画が山のようにあるんだろうなぁ。
身近にある案件だけでもそう感じるのだから間違いない。
信念を持って作ったものが売れない、そういうことはよくあるのだろうし2匹目3匹目のどじょうを狙う木本もわからんではない。
しかし、それにしても低すぎやしないか志が…というものはある。
文句があるなら自分で金集めて企画を立てろよと、言われるでしょうが。

新しい企画はネット配信や中国の資本が絡んだものが多いようだ。
実際NETFLIXだけでも配信されているタイトルはなかなか充実している。
ネット配信会社の参入が制作費の押し上げになってくれると良いのだが。
企画の内容に関して言えば海外での配信を視野に入れてるものでも現状の萌え系みたいなものの延長線でしかないものも多いようだ。
北米だとむしろそういうものが求められてもいるようで、それだとマニア向けの商売の域は出られないのではないかと危惧している。
とりあえず自分はそういう企画に魅力を感じない。

最近アニメ映画が増えているような印象だ。
意欲的な作品もあって楽しみだ。
商売的にもそこそこ成立しているようなので、この流れが続くといいなと思う。




2016年4月25日月曜日

スポ根もの

劇場版の響けユーフォニアムが公開になった。
個人的に昨今スポ根ものが成功している例が多いやに思う。
弱虫ペダルやハイキュー、ユーフォニアムも広い意味でスポ根ものの系譜に属すると思う。
成功の要因としては物語の行き先がハッキリしていることなんじゃないかと考えている。
実際の結末がどうあれ初めから動機や目標(ライバル)などが見えやすいため、人間関係や感情の機微などに集中して観られるのではないか。
良いか悪いかは別にして物語の行き先がハッキリしているということは、ヒット作の鍵なのかもしれないと思う。

2016年4月21日木曜日

久しぶりに

仕事がかなり落ち着いて、むしろ暇になった。
ここ何年か本当に忙しかったので何もしないと手持ち無沙汰で落ち着かないので、少し人の仕事のお手伝いなぞしながらクールダウンしようと思う。
そしてしばらくは、インプットを増やしたい。
吐き出すばかりでモチベーションもアイデアも尽きかけていたので、この先何年か分の為のインプットが必要だ。

さて、abemaTVとかいうインターネットテレビが始まった。
テレビ朝日とサイバーエージェントが共同で出資しているらしい。
24時間放送で、アニメばかりを流しているチャンネルも幾つかある。
同じサイバーエージェントが出資しているCygamesがアニメ制作会社を立ち上げたのもつい最近のニュースだが、このabemaTVで放送するオリジナル作品をつくりたいという目論見もあるのだろう。
abemaTVは現状、広告収入をベースにした既存のテレビのビジネスモデルを採用している。
アニメの制作費が頭打になっている現在、ニコニコやNetflixやabemaTVに提供する作品の制作費がどうなるのか見守っていきたい。
因みにCygamesが出資した神撃のバハムートは非常に高額な制作費で作られていたようだ。(しかし、メインスタッフが非常にハイクォリティな画面を求めたせいか、関わったスタッフが儲かったという話しは聞かない。攻殻機動隊と同じパターンか…)

ここ数年でアニメを取り巻く環境も変化しそうな気配は感じる。



2016年2月22日月曜日

脚本上の因果関係

キャラクターの成長を表現するためにキャラクターを堕とす、ということを安直にやる脚本家は本当に多いなぁと思う。
堕とすのはいいとしても何故その失敗をおかすことになったのかキャラクターの内的要因や外部の要因を全く設定せずに失敗を描く人がいる。
現実では突然の災厄のように降りかかってくる不幸や失敗があるにせよ、物語の中でそれをやるのはご都合主義というものだろう。
しかし、そこを掘り下げない人は多い。
架空の出来事や人モノがさも因果関係を持って見える。
それをつくるのが脚本家の仕事なんだけどね。

2016年2月11日木曜日

まさに表現の自由の危機

 高市早苗議員の発言を受けて是枝裕和監督が書いたこの記事、広く読まれるべきと思いました。 誰が何を誤解しているのか?~放送と公権力の関係についての私見②~ 
エロ漫画の規制なども延長線上にあるとは思いますが、高市議員の発言は本当に表現の自由の核に触れている怖さを持っていると感じます。
放送が政治的に偏っているかどうか、これを判断するのは政府であってはならない。
そのことだけは間違えてはいけないと思います。

2016年2月3日水曜日

作品という船

監督の仕事ってなんだろなー?と、ここ最近考えている。
自分の中で似たイメージを持ってるのが客船の船長。
お客さんが乗ってたり他の船員が船を動かしていたり。
アニメの監督もスタッフに作品の向かう方向性を示したり、お客さんを作品の世界に乗り込ませて無事に降ろすとか、船旅を楽しんでもらう仕事と考えると似ている。
特に作品の舵を切る時、船は急に曲がれないのと同じように作品も急には変われない。
今までの積み重ねの上で方向を変えて行くしかない。
自分が作品という船を動かしていると考えると自分のやるべき事が見えてくる気がしている。
監督の場合は、お客さんを船の中でどう楽しませるのか、とか何処へ連れて行くのかみたいな事にかなり裁量権があると思うので、そこはリアル船長さんとは違うのかもしれない。
1番の仕事は怪我人など出すことなく船を無事に目的地へと導くことだなのだろう。

2016年1月18日月曜日

2016年1月16日土曜日

決済装置としてのスマホ

グランブルーファンタジーのCYGAMESに査察が入ったとか。
(当たれば)アプリゲームの集金能力はやはり非常に高いようで、他の商売をやってるのがアホらしくなるとかいう声も聞こえる。
ネットを使ったコンテンツで少額のお金をもらうというのは非常に難しいと思っていた。
しかし、スマホを使った決済システムが進化してカードを持ってなくとも電話料金と一緒に回収できるようになったりしたのでスマホの決済能力を使って少額のお金をいただけるようになったのがアプリゲームが成功している一番の要因だろう。
映像コンテンツでこの仕組みがうまく使えるだろうかと考えてみたが、ちょっと難しそうだ。
ゲームというコンテンツは毎日そこへアクセスしても簡単に飽きがこない。
なので、課金のチャンスは長い。
一方映像コンテンツは一度見たらおしまいのため、作品に課金するよりはニコニコやNETFLIXのようなポータルサイトに課金するというイメージだ。
そして、スマホで映像コンテンツを楽しんでいる人は少ないと感じる。
スマホで課金して自宅のテレビで映像コンテンツが見られます、というようなことが出来ればちがうのかもしれない。
カードオンリーの課金のシステムは中高生が使えないのでアニメではメインターゲットの子たちがアクセスできない。
しかしスマホならプリペイドカードなども組み合わせられるためハードルは格段に下がると思う。
数百円という単位の少額集金システムをうまく使えるようになったら状況はまた少し変わるかもしれない。

2016年1月1日金曜日

あけましておめでとうございます

すっかり放置気味になってきてしまったブログ。去年もバタバタと忙しかった。
少しは落ち着いて仕事をしてみたいものだと思うけれど、とても難しそうだ。
随分と歳もくったし、自分や身近な人の近辺だけでも働きやすい環境を作って行けたらなあ、と思う。
それにはまあ、1人で頑張らなければいけない事が多そうだけれども。
身近なP達と話をしていると、現場の人間が楽になる(のんびりと仕事が出来るということでなくとも、忙しくても楽しくやれるという)状況をつくるのは大変そうだなと思う。
それは不可能な事がたくさんあるというより、思い込みでやらずに済ましている事があると感じるから。
お金を集めるとかより、人の思い込みを変えると言うのはとても難しいと思う。
それは無理だ、と誰もが思っていることを人にやらせるのは難しい。
一番簡単な方法は、自分でやって見せること。
僅かでも成功が見えれば皆んな真似しようと思う。
去年話題になった消費税の転嫁の問題なんかもそうだった。
自分も全然理解していなかったけれど、向かっていった人がいるからこそ大きく動いた訳で最初に動いた人は凄いと思う。
自分の思い込みを解体しつつ、ちまちまと出来ることからやってみたいなぁと思う。