2015年4月27日月曜日

気が滅入るニュースが多い…

ニュースというのは9割悪いニュースなわけで、悪いこととゆうのは伝わる速度が早い。
いいニュースは伝わる速度が遅いからこそ商売にならないのかもしれない。
しかし、日々憂鬱なニュースばかり見ていると気が滅入るし、ひどい世界に住んでいるような気分になる。
実際は悪いこともあれば、良いこともあるわけで片方だけ表現されていては世界を歪めてしまう。
報道番組で悪いニュースが多くなってしまうのであれば、我々のような娯楽の制作者はバランスとしてもっと良質のコメディを増やした方が良いのかなと思う。

2015年4月19日日曜日

設定とテーマとお話と

物語作りをする時、設定と話は頭とお尻のように繋がっているのかなと思う。しかし、設定とお話を上手く繋げていくのはなかなかに難しい。

企画の開始時(あるいは頭の中で企画をつくる時)は、やりたいアイデアとして設定(キャラクターなど)と物語、双方の小さなアイデアから始まるがどういう手順で膨らませていくのが良いのか。

実際の仕事では、商品としてキャラクターを売ることが多いので、設定だけあって物語が決まっていないという企画が多いと思う。
例えば美少女キャラクターで儲けたいんです!というクライアントの企画の場合、まず重要なのは設定になる。
美少女アニメが作りたいと言われて美少女のキャラクターがいないわけにはいかない。
こういうタイプの女の子が欲しいんです!といって何種類かの女の子の雛形を提示されることもあるだろう。
その場合、決まっている設定を使ってどんな面白い話を考えるか、という順番になる。

物語もSFがやりたいとか、学園ものがやりたいとか言う形で提案のある場合がある。
しかしこの場合も、「世界観の設定」というものである。
物語のテーマみたいなものは提案される企画では決まって無いことが多いのではないだろうか。
「地球環境の未来」とか「現代における親子関係」をテーマにしてください、みたいな提案をクライアントから受けることはあまりないだろう。

しかしながら物語のテーマというやつも設定と切り離して考えることはできない。
設定から自然に立ち現れるテーマでなければいけない。
というか、設定によってテーマは限定されてゆく。

*そもそも物語にテーマは必要なのか?
テーマは物語を作っていく方向性を決定する。
物語の中で何が起るのか、というのは虚構の場合、創作者が決定する。
天変地異だろうと恋愛だろうと自由自在だ。
しかし、物語はそれを見聞きした観客に何かを提供しなければいけない。
「観客に提供する何か」というのはもちろん何でも良い。
「泣かせる」「笑わせる」「興奮させる」など生理的・官能的目的でも良いし、「人間の死に方について」とか「現代社会に置けるジェンダー問題」みたいな複雑なことについて考える「契機」を与えるでもいい。
何らか「物語」を見たことによって「観客の内部に引き起こされる何か」を提供することが肝要だと思う。
僕らのようにそれを生業にしている身からすれば、その「観客の内部に引き起こされる何か」がお金になるかどうかが重要だ。
今、萌えだとかエロを扱う作品が多いのは端的にその作品で「観客の内部に引き起こされる何か」がお金になるからだ。
観客に何を提供するのか、その決定のためにテーマは必要だ。

さて、話を戻そう。
設定とお話を結びつけていくことの難しさは、主に「お話の面白さをつくることの難しさ」に関わっていると思う。
物語を始める上で「事件」を起こしたときに、その「事件」が果たして「設定から自然に導き出されるものなのか」「物語のテーマに沿ったものなのか」が問題だ。
両方の条件を満たしていないと意味が無い。
「事件」そのものがいかに面白くても、2つの条件が満たされていないと観客がその虚構を自分に引きつけて考えることはしないと思う。
「事件」の面白さだけではお話は成立しないということだ。
「設定」と「テーマ」に沿った「事件」を作るのはなかなかに難しい。

こういう話をやりたいから設定を変える、こういう設定でやりたいから話を変える、こういうテーマでやりたいから設定と話を変える、と少しづつ行ったり来たりしながら考えていくほか無い。

とくに設定は設定をつくると必然的に立ち現れる物語もあるので、しっかり考えたいと個人的には思う。

まとまってないけど今日は以上。




2015年4月15日水曜日

演出のローテーションから今後の業界まで

2クール以上の少し長めのテレビシリーズであれば、6班前後の班体制で回す事が多い。
つまり各話の演出であれば、コンスタントに仕事を貰えたとしても、ひと月半に一回なわけだ。
これで20万程度のギャラだと一本のシリーズだけでは、とても食えない。
なので、常時2・3本は仕事をもっていないといけない。
しかし、この仕事を入れるというのがとても難しい。
本来なら、かかる日数に合わせて一本でも一応食える程度のギャラが払われて然るべきだがそうではない。
演出であれば1社にかかり切りになれば月1くらいのペースで回せると思うが、そうすると人は沢山使えなくなる。
制作や監督側からすると、あの人にもこの人にも頼んでみたい、というようなことは難しくなる。
スケジュールが無い場合も人海戦術でいくしかないので色んな人にばらまくことになる。
というわけで各話演出が安定した仕事を確保するのはなかなか難しいのが現状だ。
もちろん上手い演出家は引っ張りだこになる。
それでもスタジオ間の移動はなるべく無い方が時間のロスがないので1つのスタジオでやれるに越したことはないと思うが、上手くやりくりするのはとても難しいと思う。
自分も各話演出をやっていた時は本気でマネージャーが欲しかった。

これからスタジオ運営が変わっていきそうな流れだ。
特に大きなスタジオは実務者との契約の問題など今までの様にいい加減にではなくきちんと契約書など作成していく模索がされ始めた。
消費税の課税問題なども自分も無知だったなぁと思うのだが、いやでもこれから改善されていきそうな流れだ。
どうせ改善するならば、どの役職も作品契約でスケジュールベースでギャラを考えて欲しい。
そうすると予算は大幅に上がってしまうと思うけれど…
いずれにしろ一般的な作画のアニメを今の予算のまま作り続けるのは無理がある(フラッシュアニメのようなものであれば別だが)。
ある程度上がっていかざるを得ない予算を支えるにはマーケットの拡大は必須なので、そのニーズにあった内容のものを作っていくこともまた必然だ。
萌え系やアイドルアニメやロボットものという日本のアニメの十八番の企画だけでは食っていくの間違い無く難しくなる。
性的文脈の多い作品を取り上げて、これが日本の文化だ!と言っているだけではいずれ飢え死にするはめになるだろう。
今日本のアニメに必要なのはディズニーに匹敵する世界レベルの成功、を目指すことだと思う。
それにまつわるノウハウを学ぶことが今後の生き残りを左右する。

2015年4月14日火曜日

春になれ…

寒のもどりも終わって、やっと暖かくなりそうかなと思ったらまた戻ってきたいな気候。
体調を崩さない様にしないといけませんね。
新番もボチボチ始まってますが、相変わらずあんまり見れてない。
知り合いの関わってるものだけでも少しづつチェックしたいです。
そういえば、新番にもアニメオリジナル作品が幾つかありますがオリジナル作品で面白いと思えるものは多くはないですね。
テーマの設定が甘いと言うかそもそもテーマがないんじゃないかと思えるものも多くて。
何故この企画を今作るのか…その企画でお客さんがどのくらい見るのか、みたいなところから曖昧な作品は見ていてつらい。
監督でも脚本家でもやりたいテーマみたいなものは個人から始まるしかないとは思うのですが、練り上げていくには複数人の力が必要だと思います。
いや、自戒の念をこめて…

最近見た映画、アメリカンスナイパー。
クリント・イーストウッドが撮ってることも知らずに見に行ってきました。
ラストに戦争から帰って来てからもつづく辺りでミリオンダラーベイビー的な構成だなと思っていたらイーストウッドでした。
言いたいことはラスト15分〜20分くらいが全て何だと思います。
人間は傷つくけど癒されることは出来る、という最近のイーストウッドの映画によく取り上げられるテーマをアルカイダの掃討作戦をモチーフに描いてます。
似たテーマでヒアアフターという映画は自然災害をモチーフにしていてこの映画は個人的にかなり好きです。
アメリカンスナイパーも含め最近のイーストウッドの映画は非常に肩の力を抜いて作られていると言うか非常に手慣れた感じというか近所の定食屋で毎日食っても飽きないような飯を出すオヤジの風情がある気がします。
要はテーマが伝わればいいんだよ、という感じで話の見せ方は非常にシンプルで娯楽的要素もきちんと入れて重いテーマも軽やかに見せている。
ある種、映画に対する諦念があって映画じゃこのくらいしか伝わらないんだから無駄に凝っても仕方ないと思ってるんじゃないでしょうか。
非常に職人然としていてこういう風に作れる様になりたいものだなと思います。