2015年12月8日火曜日

四十も越えると…

先日知り合いと食事をしていて、死ぬまでにあと何本作れるかなぁ?という話になった。1クールでも2クールでも放映までの準備に普通半年はかかる。そう考えると死ぬまでに指折り数えられる位しかつくれなさそうだなと思うのである。仕事を選ばなければ数は増えるのかもしれないが…
若くして亡くなった役者さんがいたりするの見ると余計考えてしまう。
自分より若い方が亡くなるのはやはり切ないもの。
なるべく沢山の作品をつくって死にたいものだ。

2015年11月9日月曜日

STAR WARSが楽しみ

久しぶりの更新。
ここ半年見たい映画をことごとく見逃して、だんだん映画館へいく気力をなくしている昨今です。来月のSTAR WARSは何とか初日にでも行きたい…
最近のアニメ業界のホットな話題は何でしょうね?
個人的には、おそ松さんが第1話がDVD未収録になったものの予約がかなり好調そうということでしょうか。
秋新番も始まって少し経ちましたが、明暗がなんとなくわかり始めてきたかんじですね。
完全オリジナルで好調そうなのはなんといってもガンダム・オルフェンズでしょうか。
長井さんは凄いですね。今一番外さない監督かも。
自分の仕事はかなり転機を迎えていてまあ一区切りつきそう。利益を出し続けるというのは本当に難しいものです。
いくつも監督をやってる方でも安打率の高い人はそういないですしね、商売は作品が良いだけでは成り立たないので周りで商売する方の腕も相当にヒットを左右します。
アナ雪みたいにうまくいけばプロモーションだけで大ヒットもありうるわけで…
プロモーションにそんな莫大な金をかけられる作品もアニメの場合はあまりないんですけど。
冒頭のSTAR WARSの話題に戻るんですけど、中年も超えた今も創作衝動を突き動かしてるのは10代〜20代前半の体験だということが身にしみてわかります。
STAR WARSのメインテーマがかかるだけで否が応にも血が騒ぐと言いましょうか、当時映画館で見た感覚が体に蘇ってくるんですね。
音楽は本当に凄いです、子供の頃聞いていた音楽はやはり、当時の体の感覚を蘇らせてくれます。それが逆に辛くて昔の音楽はずっと聞き続けるのは嫌だったりもします。
しかし、今もこの仕事をしていて一番思うのは当時子供だった自分が見たとき面白いと思うだろうということしか、面白い・面白くないの判断基準はないと思います。
なぜなら、もう作り手になって大人になって、大分経った今では今まさに生きている若い人の感覚から遠く離れてしまっているだろうからです。
結局頼りになるのは自分の、しかも昔の自分の感じたことしかないと思うのですが、それすら遠い幻のようにぼんやりとし始めています。
しかし昔見た映画や音楽は、昔の自分の側にまだかなり近いところまで連れて行ってくれるという気がします。
それは楽しさ、せつなさ、漠然とした感覚ですがそういうものを連れ帰ってくれるのです。
逆に言うと、今自分を作品を見てくれてる子供たちがずっと後で作品を見たり、音楽を聴いたり、タイトルを聞いた時昔の感覚を蘇らせてあげられるようなそんな作品が作れればいいなと思ったこの頃でした。
STAR WARS楽しみだ。

2015年10月26日月曜日

漫画の児童ポルノ禁止を日本に要請

実際の被害者が居ない漫画を現実を写し撮った児童ポルノと一緒にするのかは難しいけど、こういうものを容認する社会であると、内外から見られる誹りは免れないよね。
特に漫画・アニメに関わる我々は何か見解を示さないといけないでしょう。
漫画・アニメが児童を扱ったポルノに寛容だと思われるのは得な事が一つもないと思います。

漫画の児童ポルノ禁止を日本に要請、国連報告者 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151026-00000053-jij_afp-int #Yahooニュース

2015年9月24日木曜日

アニメの色彩(1)

久しぶりにアニメの具体的な技術について。
仕上げ・仕上検査・色彩設計(カラーデザイン)などのアニメーションのキャラクター(小物も含む)の色に関する職種とアニメの色について自分のわかる範囲で紹介します。
まずは物凄くおおまかな仕事の流れについて。
細かいことは他の書籍などで調べてください。

まずは色彩設計さんが、キャラクターの色を決めます。
よく使われる小物の色なども色彩設計が決めます。
この時、色指定表というものを作成します。

それを色指定と呼ばれる役職の方がカット毎にどの色指定表を使えば良いか指示します。色指定表の無いキャラクターや小物や水やら煙やらは、色指定さんが色を決めます。

次にアニメーターが描いた動画に「仕上げ」と呼ばれる役職の方が色を塗ります。

最後に「仕上げ検査」と呼ばれる役職の方が色指定の通り塗られているか、などを確認して撮影に回します。
しかしこの仕上げ検査、昨今非常に重たい仕事になっていてその訳は後述します。

ざっとはこんな順番でアニメのキャラクターの色は着いていきます。
キャラクターのと言うのはアニメの色はキャラクターだけでなく背景美術もあってその2つが合わさって1つの画面を構成するのです。
保田道代さんというジブリの色彩設計を長らく務めてらっしゃった方が自分が日本で初めての色指定ではないか、と著書のなかでおっしゃっていましたが、日本のアニメ黎明期は美術監督さんがキャラクターの色も決めていたようです。
現在でも基本的には背景美術の上にキャラクターを乗せて最終的なキャラクターの色味を決めます。

アニメの観客はキャラクターを追いながら作品を見るので、背景よりキャラクターが目立つように調整するのがアニメの色の基本です。
が、昨今リアル系の写実的な作品では背景にかなりなじませて作ってるものも多いです。
特に夜のシーンの色はなじませすぎテレビだとわからないんじゃ?てか実際見えないよ……という作品も多いですね。

背景との関係性もさることながら、キャラクターの色はやはりキャラクターそのものの個性を何より表現していなければなりません。
主人公は赤!とか物語での立ち位置も色で表現できちゃったりします。
最近は色の全ての作業はコンピューター上でのデジタルデータに置き換わったので、色も昔の絵の具では表現できなかったようなたくさんの色が使えるようになりました。
しかし、アニメのキャラクターは基本べた塗りの色面で構成されているので微細な差異はあまり表現できません。
なので、キャラクターの色彩を作るときの基本的な考え方はあまり変わってないんじゃないかと思います。
目や髪にグラデーションを入れたりするのは現在の技術だからこそできることですね。
服にテクスチャーを張るような試みもいろんな人がしていたようですが、撮影さんでの作業がかなり負担になるのと、あまり思ったような表現が得られないのとでそれほど浸透していませんね。

キャラクターデザインの段階で色を変えられるパーツはある程度決まってしまいます。
シャツとパンツとかシャツならボタンと生地とか。
色のイメージが線画のデザインの段階でないと色をつけても上手くいかないことがあります。
最近はキャラクターデザイナーもデジタル上で色を塗ったりする人が増えたので、デザインである程度加味されているケースも増えました。
ただ、がっつり色が塗られていると気を使って色彩設計がそれを拾わなければみたいな雰囲気になることがありますが、それは良くありません。
美術や小物なども含めて全体の色彩設計のバランスを考えられていないことがままあるからです。
オススメは白黒のモノトーンでざっくり色を乗せて考えるという方法ですが、まだやっている人を見たことがありません。
色はやはり最終的には一人の人間が方向性を決めるべきで、基本的には色彩設計がその任にあたります。

色彩設計さんの仕事も膨大で気の遠くなるようなところがあります。
まずは一つのキャラクターにたくさんのパーツがあってその全ての色(1つのパーツに対してハイライト・ノーマル・1号影と最低3種類、その他に2号影をデフォルトで決める場合もある)を決めなければいけない。
さらに、シーンによって(夕方・夜など)色を変えなければいけないので、そのバリエーションが必要になる。
さらにキャラクターの人数の分その作業が必要なので、メインキャラクターの人数の多い作品は本当に大変なのです。
最近はモブといって街の群衆などに使うための色のパレットを出す設計さんも少なくありません。
基本的には設定のないキャラクターは色指定が色を決めるのですが、世界観に合わない色や目立ちすぎる色を使ってしまうなどということが多発して、いつの頃からか参考を出す人が増えたようです。
アニメーターでいう総作監的な仕事を色でやっているのですね。

色を見れば誰が色彩設計か分かる人もいるくらいで、結構個性の出る仕事なので誰が色彩設計をやっているのか気にしながら見ると面白いと思います。

暇を見つけて続きを書きます。


2015年9月13日日曜日

誰も語らない、子どもの「性的虐待」の現実

パッと目にしたこの記事、身近にも被害者だった人知ってるし、多いだろううと思っていたものの、これが確かなら思っていた以上に酷いなと感じました。
記事の後半で、

寺町:植田さんと同じく「被害者は悪くない」という認識を、もっとしっかり周囲が持つ必要があると思います。また、性暴力が消費されている現状は大いに問題です。AVには暴力的なものが多いですし、10代の少女向け漫画は妄想が行き過ぎています。「壁ドンがかっこいい」という女の子の認識も問題がありますが、デートDVとしか言えない関係が普通のこととして消費されていますよね。

というくだりがあって、ここが非常に複雑な気分にさせられました。
フィクションが現実とどう折り合いをつけていくのかは難しいなあと。
特に性的なフィクションは…
フィクションでも殺人が肯定的に描かれる事はあまり無いですからね。
かといって性的フィクションを厳しく取り締まっていくというのも、なんだか的外れな気はしていて…
とにかくこういう被害が膨大にある事を念頭に置きつつ物語をつくらないといけないという事ですね。

2015年9月1日火曜日

映画のアトラクション化

絶好調のジェラシックワールド。
4D上映がどうも面白いらしい。
らしい、というのは自分は観られてないからであるが映画館の予約もあっという間に埋まってしまうようで、都合のいい時間に観に行くことがなかなか出来ない。
4Dの映画館はやはり数が少ないの競争率が高いのであろう。
IMAXの映画館が増えたり数年前からまた映画館がアトラクション化し始めているようだ。
3Dの普及もそれを後押ししたのだろう。
だいぶ前IMAXの劇場が流行って、廃れた。
廃れた原因は主に作品の少なさにあったように思う。
科学映画のような作品が上映されていて作品の数も少なかった。
最近は技術が進んだこともあり画面の大きさに耐えうる画づくりが可能になって、3D化がその良さを存分に引き出しているのだろう。
しかし、4Dにしろ3Dにしろ、それが物語を語る上での技術革新になり得るのかはまだよく分からない。
自分はアニメーションをつくっているので、あまり真剣に4Dや3Dの面白さについて考えた事がないからというのもある。
とはいえ、画の面白さは間違いないので少なくとも3Dに関しては考える価値がありそうだ。

2015年8月21日金曜日

感情の表現

先日、若い役者と話したこと。
作品が人の心を動かす時は、キャラクターの感情が見てる観客に伝わった時だと思う。
これはもちろん物語の機能のひとつに過ぎないと思うけど、本来共有されるはずのない個人的な感情・情動の類いが他人に伝わる時、それが喜怒哀楽やもっと他の情動でも人の心を否応なく揺らすのだろうと思う。
役者が的確に物語に沿った情動を表現してくれればそれはキャラクターや物語の枠を飛び出して観客の心に波が伝わっていく。
的確な表現をするというのは引き出しが沢山なければダメだし、それには色んなものを見たり聞いたりしなければイケナイと思う。

2015年8月17日月曜日

やっぱり暑い

少し前に演出に上がった若い子と久しぶりに話をした。
フリーになりたてだし、色々不安もあるようだが何とかやれてるようだ。
仕事がしばらくは順調に貰えるようなので安心した。
フリーになりたてのときは何と言っても食っていける分の仕事を貰うのが大変である。
信用もないしそもそも名前を知ってくれている人が少ない。
その点では、大きめの会社、東◯とか◯◯ライズ、ぴ◯ろ、など作品が沢山回ってる会社の出身者は有利だ。しばらくの間は知り合いに仕事を回してもらえる率が高い。
だんだん力がつけば知らないところから仕事が来ることもある。
営業力は高いに越したことがないので、どんどん仕事くれと営業する様にアドバイスした。
良し悪しはともかく営業だけで食べていってる様な人もいるし…
チャンスは沢山あった方が当たる確率も高い。
仕事さえあれば実力はコツコツ努力していれば少しづつ付いてくると思う。

自分の仕事はちょっと転換期。
自分の力不足もあるとおもうが、色んな商売のからんだ案件を上手くまとめていくというのは難しい。
そして新しいこともやりたいので少しその準備もしていきたい。
インプットの時間を増やしていこうと思う。
やりたいことはあるけれど、商売と結びつけていくのは難しいなぁ。
エロとバイオレンスは売れるけれど、それだけじゃ見てくれる人の輪は広がらない。
コナンとかNARUTOがあれだけ稼ぐのはやはり故あってのことなのである。

まあ頑張りましょう。

2015年8月11日火曜日

夏真っ盛り

す久しぶりの更新。
何だか色々重なっていそがしかった。
また新番がはじまっているが、最近気になるのは放送を落とす作品が多いこと。普通だったら違約金が発生するような事案なのだけど、カラクリが分からない。今放送中の作品で隔週オンエアまたいなものがあるけれど、どういう取り決めになっているのだろうか?放送局的には特番を挟もうと素材と電波量だけ払ってくれれば良いということなのか…
それにしても委員会は余計な出費をする筈で、何で成立しているのか不思議だ。
あとはお客さんに対しても不誠実だと思うのだけれど、製作者はどう思っているのだろう。
自分だったら降りてるかもしれない。

突然話は変わるがアニメ業界に限らず不思議な商習慣というのは存在するんだなと言うことを最近知った。
作詞家さんは作詞をしただけではお金は貰えないらしい。
CDになって売れた印税収入で初めてお金なるという。
普通であれば商品を渡せば対価が貰えるはずなのだが、それが無いということだ。
新人さんにCDにならないけど、作詞してほしいなどと頼まれる場合がたまにあるらしいのだが、その曲がCDにならないとお金は貰えない。
なので無料のサービスになる可能性も高い。
作曲の方は曲を作曲料が貰えるらしい。
不思議だ…
アニメ業界も少しずつ改変していかないと。

2015年6月19日金曜日

感想:台風のノルダ

先日「台風のノルダ」を見た。
正直残念な出来だった。
何よりお話がつまらなっかった。
スタジオコロリドの制作ということで結構期待していたのだが、結果的には思っていたより出来が悪かった。
これから見る方もおられると思うのでストーリーの説明はしないが、厨二的な世界観の話で、まずそこがまずいと思ったがテーマに対する掘り下げが浅いのが何より辛い。
一番の主軸の男の子達の物語が尺の短さもあり解りにくいところに加えて女の子の話が難しい設定を放り込んでいるのでどちらも食い足りない。設定もお話もリアリティーをかなり欠いているので全体に子供っぽい。
同じ厨二的な世界観でも「ほしのこえ」はとてもよく出来ていたと思う。
ノルダもあの短さなら男の子同士の話か、女の子の話かのどちらかに絞った方が良かったのではないだろうか。
しかし、ああいうラノベのような厨二的設定がやりたいものか…。
もっと新しい事を目指している会社だと思っていたのであの題材を選択したのは不思議だ。
あの方向であれば新海さんの方が圧倒的に出来が良いだろう。
作画的には頑張っていたのだが新しい表現はなかった。
デジタル作画を駆使していると聞いていたのでもう少し従来にない表現を見たかった。
新しい表現は演出と不可分なので演出家にそのプランが無かったということだろう。
ラストの方の背景動画は圧巻だったが、表現の熱量という意味では「フミコの告白」の背景動画の方が数十倍あると思う。
あれはビギナーズラックだったのかもしれないが、あの熱量を商業の枠組みのなかで是非達成して欲しいものだ。
併映の「陽なたのアオシグレ」も石田さん監督だったが子供っぽいと思った。
なぜ女の子のスカートの中に頭を突っ込まなくてはいけないのか…。
誰に見せたいのかが明快でないのではないか?
子供にちょっとエッチなドキドキを与えたいだけならあんな事をする必要を感じない。
不用意に大人に眉をひそめられては子供に届かないから。
大人向けにもっとあざとい事を表現したいなら何か足りない。
作り手側に回った時点で自分以外の誰に語るのかもっと考えた方がいいと思った。
自分も同じ事をしないように気をつけなければと思う。

2015年6月14日日曜日

最近刺激をうけたこと

暑くなってきましたねぇ。
最近ちゃんと見てるアニメはユーフォニアム。
まあほんとに丁寧につくってますね。
どうやったらあんなに丁寧につくれるのかわからないです…
予算やらスケジュールやら制作的な部分がしっかりしてるんでしょうね。
自分の現場ではなかなか…実現は難しそうです。
女の子を描くという部分では漫画っぽい表現も多くて、そこはあまり好みではないです。
視聴者の好みにあわせて、わざとやっている演出だとは思います。
ただ作品のリアリティーを損なわないように極力抑えてやっているので成立していると思います。

リアリティーと言えば、最近小さな劇団の芝居を見て表現手法によって基礎になるリアリティーはかなり違うんだなあと改めて感じました。
その芝居では、シーンによって一人の人が演じる役が幾つか変わるのですが
全く気にならないのです。
舞台装置もかなり抽象的だったので気にならない様に演出がされていたんだと
思います。
話自体も架空の人物の一代記みたいなもので時間もポンポンとんで抽象度は高
かったです。
映画の系譜にある表現媒体では表現が難しいことをやっていて面白かったです。
現状自分たちのやっているアニメは、その舞台に比べるとずっと高いリアリティーが必要ですが、もっと抽象度の高い表現も出来ないもんかなと刺激になりました。
短編アニメの世界だとそういう作品もあるんですけど、一般的な商業アニメだと売れなさそうなんで難しそうですが、表現の幅を広げる試行錯誤はつづけたいです。

2015年5月24日日曜日

大人の知性とアニメ

いやあ、急に暑くなってたなぁ。
アニメが幼児性から脱却出来ないっていうのはなかなか根深い問題だなと思った。
映画だったり芝居だったりは、大人の為の作品というのがしっかり存在する。
アニメだって大人の鑑賞に堪える作品ももちろんあるけれど成立させるのはかなり難しい。
映画だって最近は大人向けの作品というのは少なくなってマーベルのコミックスの映画化だったり子供の物語が商売としての中心にいるし、日本のアニメなんて元々が子供向けに制作される所から始まっている訳だから幼児性と不可分なのは仕方ないとも言える。
技法的に子供に向けた表現との親和性が高いことも理由だろう。
しかし今のアニメの幼児性は大人が消費する為の幼児性なのでそこが凄く引っかかる。
大人が消費する作品なのに幼児性が必然のものとなっているのは観客が幼い大人であるという事に他ならない。
これは今に始まった事ではなくて40年近く前のオタク第一世代誕生の頃が始原であろう。
元々ティーンの頃に見ていたファンが大人になっても子供の頃見ていた様な作品を手放さず、それどころか制作者側に回った時に同じ様な作品を再生産するということが日常になって久しい。
かくいう自分もその類いで子供の頃見ていたような作品と似たものを作りたいというのが初期衝動だ。
しかし制作者側になったときには既に時代も変わり同じものなど作りようがないのですが、昔は子供の作品だからアニメに幼児性があるのは当然と思えていたものが、大人の見るアニメにも幼児性が必然となると、その必然性を一般的に理解してもらうのは難しく見える。
アニメの批評が成立し辛い理由も批評という行為自体が大人に向けた行為であるという事を考えると当然のように思える。
しかし、大人の知的な遊びというのは現状の娯楽では商売として成立しづらいのかもしれない。
単にそういった作品をつくる人材が少ないという可能性もある。映画のヒット作品の傾向などみても多分、大人の知性というのは(少なくとも)娯楽の中では必要とされていない印象だ。なので、とりたててアニメだけが幼児性を求められている訳ではないと思う。
しかしアニメの場合素材として扱っている絵が幼児性を強調する。
目の大きいキャラクターは幼児性を体現しているので子供にとっては物語に入りやすいキャラクターとして必然かもしれないが、大人が目の大きいキャラクターを要請する時、その理由は何だろう。
子供を愛でる様な目線が心地よいという事だろうか?目の大きなキャラクターをアニメの初期設定とする時、物語が大人の知性を備えていないと大人の鑑賞に堪えうるものにならないだろう。
しかし、物語が大人の知性を備えている時、物語が要請する表現としてのキャラクター造形に、目が大きい事が必然にはならない可能性は高いと思える。
しかし現在、大人の知性を備えていると思われる物語だとしても、目の大きさは手放した作品は皆無だ。
その理由は複雑だと感じる。
一つ理由として大きいと思えるのは、キャラクターの目が大きい事を良しとするものだけがアニメ・漫画の世界に浸れるという敷居や通行証のように機能してるのではないかという事。
一斉を風靡した大友克洋のような目の大きさは決して主流になった事はない。
アニメが持っている幼児性は武器ではあると思うがそこに常に自覚的でないと危ないだろう。
演劇や映画が持つ社会的ステータスをアニメが獲得するには幼児性の扱いが非常に重要だと思える。
今、商売しやすいからという理由だけで安易に寄りかかっていると手ひどいしっぺ返しを食らう事になるかもしれない。

2015年5月13日水曜日

ピーター・ティール「ZERO to ONE」

ピーター・ティール「ZERO to ONE」を読み終わった。
今、国会で派遣社員の派遣期限を無期限にする法案が審議されている。
通れば派遣社員と正社員の違いが更に曖昧になって、正社員になるための競争は激化するだろう。
「ZERO to ONE」は起業のためのビジネス書だが「競争を避けよ、独占を目指せ」というのが大テーマになっている。
競争しても疲弊するだけ、というのがピーターの主張だ。
起業する訳じゃなくても就職に悩んでいる若者やキャリア形成に悩む若者は読むとヒントになるかもしれない。
アニメ業界のプロデューサー諸氏も読むといいと思う。
読むのは大して難しい本ではない、言ってることは難しいけど。
少し前に読んだ「ピクサー想像する力」にも頻繁に出てくるスティーブ・ジョブスが、この本でも非常にリスペクトを持って語られている。
「ZERO to ONE」は、ほぼ日のこの記事で興味が湧いたら読んでみるといいと思う。
個人的には太陽光発電などのクリーンエネルギービジネスが何故失敗したかの辺りがとても興味深かった。

しかし、安倍晋三は今の日本が全く見えてないんじゃないだろうか、やってることが小泉政権に直後に考えていたことばかりなのでは?
時代遅れな人間という気がして仕方ない…

2015年5月3日日曜日

読んだ:アニメーション制作者 実態調査 報告書2015

ざっとではあるがアニメーション制作者 実態調査 報告書2015を読んだ。
藤津亮太さんが大雑把に分析しているが、自分の感想もあまり変わらない。
うまくまとめられているので読んでみるといいと思う。
最後の方に自由に書いた意見を漏らさずそのまま載せたものがある。
(これは間違いなく1文字違わずアンケートに書かれた意見をそのまま載せている。)
それをざっと見ていて気になったのが、未だに広告代理店などが制作費の中抜きを行っていると妄信している人が少なからずいるようだ。
むしろ代理店はお金を出す側なことが多いと思う。
そもそも「中抜き」をするほど制作費は多くない。制作費が半分くらい抜かれているみたいなことなら判るがそんなことはありえない。
(大手の会社も中堅の会社も作品の規模が変わらなければ制作費は大して変わらない)
今アニメ制作費が上がらないのは、端的に言えば売れないからである。
それほど売れないものを制作費を抑えることで延命している。
(漫画出版もほとんどアニメ業界と同じ構造で貧乏人を量産していると思う。)
もっとも根本的に制作費を上げるには市場を拡大することしかない。
制作費が上がらないのは誰か悪人が居る訳ではない。
だからこそ簡単には変わらない。

世界市場に届く配給網と求められる作品をつくる…って大変だよ。

2015年4月27日月曜日

気が滅入るニュースが多い…

ニュースというのは9割悪いニュースなわけで、悪いこととゆうのは伝わる速度が早い。
いいニュースは伝わる速度が遅いからこそ商売にならないのかもしれない。
しかし、日々憂鬱なニュースばかり見ていると気が滅入るし、ひどい世界に住んでいるような気分になる。
実際は悪いこともあれば、良いこともあるわけで片方だけ表現されていては世界を歪めてしまう。
報道番組で悪いニュースが多くなってしまうのであれば、我々のような娯楽の制作者はバランスとしてもっと良質のコメディを増やした方が良いのかなと思う。

2015年4月19日日曜日

設定とテーマとお話と

物語作りをする時、設定と話は頭とお尻のように繋がっているのかなと思う。しかし、設定とお話を上手く繋げていくのはなかなかに難しい。

企画の開始時(あるいは頭の中で企画をつくる時)は、やりたいアイデアとして設定(キャラクターなど)と物語、双方の小さなアイデアから始まるがどういう手順で膨らませていくのが良いのか。

実際の仕事では、商品としてキャラクターを売ることが多いので、設定だけあって物語が決まっていないという企画が多いと思う。
例えば美少女キャラクターで儲けたいんです!というクライアントの企画の場合、まず重要なのは設定になる。
美少女アニメが作りたいと言われて美少女のキャラクターがいないわけにはいかない。
こういうタイプの女の子が欲しいんです!といって何種類かの女の子の雛形を提示されることもあるだろう。
その場合、決まっている設定を使ってどんな面白い話を考えるか、という順番になる。

物語もSFがやりたいとか、学園ものがやりたいとか言う形で提案のある場合がある。
しかしこの場合も、「世界観の設定」というものである。
物語のテーマみたいなものは提案される企画では決まって無いことが多いのではないだろうか。
「地球環境の未来」とか「現代における親子関係」をテーマにしてください、みたいな提案をクライアントから受けることはあまりないだろう。

しかしながら物語のテーマというやつも設定と切り離して考えることはできない。
設定から自然に立ち現れるテーマでなければいけない。
というか、設定によってテーマは限定されてゆく。

*そもそも物語にテーマは必要なのか?
テーマは物語を作っていく方向性を決定する。
物語の中で何が起るのか、というのは虚構の場合、創作者が決定する。
天変地異だろうと恋愛だろうと自由自在だ。
しかし、物語はそれを見聞きした観客に何かを提供しなければいけない。
「観客に提供する何か」というのはもちろん何でも良い。
「泣かせる」「笑わせる」「興奮させる」など生理的・官能的目的でも良いし、「人間の死に方について」とか「現代社会に置けるジェンダー問題」みたいな複雑なことについて考える「契機」を与えるでもいい。
何らか「物語」を見たことによって「観客の内部に引き起こされる何か」を提供することが肝要だと思う。
僕らのようにそれを生業にしている身からすれば、その「観客の内部に引き起こされる何か」がお金になるかどうかが重要だ。
今、萌えだとかエロを扱う作品が多いのは端的にその作品で「観客の内部に引き起こされる何か」がお金になるからだ。
観客に何を提供するのか、その決定のためにテーマは必要だ。

さて、話を戻そう。
設定とお話を結びつけていくことの難しさは、主に「お話の面白さをつくることの難しさ」に関わっていると思う。
物語を始める上で「事件」を起こしたときに、その「事件」が果たして「設定から自然に導き出されるものなのか」「物語のテーマに沿ったものなのか」が問題だ。
両方の条件を満たしていないと意味が無い。
「事件」そのものがいかに面白くても、2つの条件が満たされていないと観客がその虚構を自分に引きつけて考えることはしないと思う。
「事件」の面白さだけではお話は成立しないということだ。
「設定」と「テーマ」に沿った「事件」を作るのはなかなかに難しい。

こういう話をやりたいから設定を変える、こういう設定でやりたいから話を変える、こういうテーマでやりたいから設定と話を変える、と少しづつ行ったり来たりしながら考えていくほか無い。

とくに設定は設定をつくると必然的に立ち現れる物語もあるので、しっかり考えたいと個人的には思う。

まとまってないけど今日は以上。




2015年4月15日水曜日

演出のローテーションから今後の業界まで

2クール以上の少し長めのテレビシリーズであれば、6班前後の班体制で回す事が多い。
つまり各話の演出であれば、コンスタントに仕事を貰えたとしても、ひと月半に一回なわけだ。
これで20万程度のギャラだと一本のシリーズだけでは、とても食えない。
なので、常時2・3本は仕事をもっていないといけない。
しかし、この仕事を入れるというのがとても難しい。
本来なら、かかる日数に合わせて一本でも一応食える程度のギャラが払われて然るべきだがそうではない。
演出であれば1社にかかり切りになれば月1くらいのペースで回せると思うが、そうすると人は沢山使えなくなる。
制作や監督側からすると、あの人にもこの人にも頼んでみたい、というようなことは難しくなる。
スケジュールが無い場合も人海戦術でいくしかないので色んな人にばらまくことになる。
というわけで各話演出が安定した仕事を確保するのはなかなか難しいのが現状だ。
もちろん上手い演出家は引っ張りだこになる。
それでもスタジオ間の移動はなるべく無い方が時間のロスがないので1つのスタジオでやれるに越したことはないと思うが、上手くやりくりするのはとても難しいと思う。
自分も各話演出をやっていた時は本気でマネージャーが欲しかった。

これからスタジオ運営が変わっていきそうな流れだ。
特に大きなスタジオは実務者との契約の問題など今までの様にいい加減にではなくきちんと契約書など作成していく模索がされ始めた。
消費税の課税問題なども自分も無知だったなぁと思うのだが、いやでもこれから改善されていきそうな流れだ。
どうせ改善するならば、どの役職も作品契約でスケジュールベースでギャラを考えて欲しい。
そうすると予算は大幅に上がってしまうと思うけれど…
いずれにしろ一般的な作画のアニメを今の予算のまま作り続けるのは無理がある(フラッシュアニメのようなものであれば別だが)。
ある程度上がっていかざるを得ない予算を支えるにはマーケットの拡大は必須なので、そのニーズにあった内容のものを作っていくこともまた必然だ。
萌え系やアイドルアニメやロボットものという日本のアニメの十八番の企画だけでは食っていくの間違い無く難しくなる。
性的文脈の多い作品を取り上げて、これが日本の文化だ!と言っているだけではいずれ飢え死にするはめになるだろう。
今日本のアニメに必要なのはディズニーに匹敵する世界レベルの成功、を目指すことだと思う。
それにまつわるノウハウを学ぶことが今後の生き残りを左右する。

2015年4月14日火曜日

春になれ…

寒のもどりも終わって、やっと暖かくなりそうかなと思ったらまた戻ってきたいな気候。
体調を崩さない様にしないといけませんね。
新番もボチボチ始まってますが、相変わらずあんまり見れてない。
知り合いの関わってるものだけでも少しづつチェックしたいです。
そういえば、新番にもアニメオリジナル作品が幾つかありますがオリジナル作品で面白いと思えるものは多くはないですね。
テーマの設定が甘いと言うかそもそもテーマがないんじゃないかと思えるものも多くて。
何故この企画を今作るのか…その企画でお客さんがどのくらい見るのか、みたいなところから曖昧な作品は見ていてつらい。
監督でも脚本家でもやりたいテーマみたいなものは個人から始まるしかないとは思うのですが、練り上げていくには複数人の力が必要だと思います。
いや、自戒の念をこめて…

最近見た映画、アメリカンスナイパー。
クリント・イーストウッドが撮ってることも知らずに見に行ってきました。
ラストに戦争から帰って来てからもつづく辺りでミリオンダラーベイビー的な構成だなと思っていたらイーストウッドでした。
言いたいことはラスト15分〜20分くらいが全て何だと思います。
人間は傷つくけど癒されることは出来る、という最近のイーストウッドの映画によく取り上げられるテーマをアルカイダの掃討作戦をモチーフに描いてます。
似たテーマでヒアアフターという映画は自然災害をモチーフにしていてこの映画は個人的にかなり好きです。
アメリカンスナイパーも含め最近のイーストウッドの映画は非常に肩の力を抜いて作られていると言うか非常に手慣れた感じというか近所の定食屋で毎日食っても飽きないような飯を出すオヤジの風情がある気がします。
要はテーマが伝わればいいんだよ、という感じで話の見せ方は非常にシンプルで娯楽的要素もきちんと入れて重いテーマも軽やかに見せている。
ある種、映画に対する諦念があって映画じゃこのくらいしか伝わらないんだから無駄に凝っても仕方ないと思ってるんじゃないでしょうか。
非常に職人然としていてこういう風に作れる様になりたいものだなと思います。


2015年3月30日月曜日

オリジナル企画の商売

最近最終回を迎えた作品で気になってるのはSHIROBAKO。
久しぶりに1話も逃さず見た作品かも。
内容的に地味な話になりそうな所をどうやって見せるんだろうとか、商売的にはうまく行くんだろうか?とか色々興味津々に見ていました。
内容は面白くてさすがとしか言いようがありません。
やってることは地味だけど素人の人が見てもなるほどこんな風に作っているのかと判るし、業界人的にも見知った顔が沢山出てくるし業界あるあるが詰まってて面白く見られたんじゃないかと思います。
業界視聴率はとても高かった印象です。
しかし、モデルがいるキャラクターを演じる役者さんがとてもご本人の特徴を掴んでいて…あれはどうやってレクチャーしたんだろうかと思いました。
スワラプロの〇〇さんとか…
商売的にはどうなんだろうなというのが気になりますね。
オリジナルですし、正直苦戦しそうな印象なんですが。
制作費もそれなりに掛かっていそうですし。
番組販売とかで回収していくんですかね?
パッケージがそれほど売れるとも思えないんですがワーナーのPのインタビューとかを読んでると折り込み済みなのかな、という印象です。
ああいう企画が成立するのは正直凄いなと思います。
なんだかんだと最近はオリジナルの企画が通ってる印象はありますが、商売的には難しいのは間違いなくて、それでもオリジナル企画が通っているというのはどういう理由なんでしょうか。
原作ものも進撃のようにバカ売れしないかぎりは儲からないので、だったらオリジナルをということなんでしょうか。
当たればそこそこ儲かりますし。
儲かると言えば少し前にやっていたゲーム原作のものが破格の予算で制作されていたり、某見本市的なものもなかなかいい予算と聞きます。
新しいクライアントも少し増えて来てるんでしょうか。
業界の制作体制の正常化みたいな波が来ている昨今、お金を持ったクライアントじゃないとアニメ制作に参入しにくくなっていくかもしれません。
高予算と超低予算の2極化するのかな。
デジタル化やら含めて変革の時期に差し掛かっているのかもしれません。

2015年3月29日日曜日

そろそろ春かな

久しぶりの投稿。
最近は急に暇…ってことはないんだけど少し時間が出来て逆に持て余し気味。
このペースになれれば余暇の時間も有意義に使えそうだけど急に時間が出来ても何をしていいのかパッと思いつかない。
やらなきゃいけないことも、やりたいことも沢山あるんだけど考えてるうちに時間がすぎちゃう。
それはともかく、最近の話題といえばCLIP STUDIOがついにアニメーション機能の搭載を発表したこととかでしょうか。
最初から見通していたのでしょうが重くならないのかな?と少し不安です。
漫画作成の機能もついているので最近特に少々処理が重い気がします。
とはいえ、現在主流のRETASによる仕上げとも接続するでしょうし日本のアニメのデジタルツールとしては大本命でしょう。
ToonBoomはどうなんでしょうね?
日本だとほとんど使われていないので噂もあまり聞こえてこない感じです。
ToonBoomのStory Board Proは少し扱いにくいかなという印象です。
絵の描きやすさがもう一つというのが個人的な感触でただ音を合わせて描く場合(OPや音楽シーンがある時)は便利なツールになりそうです。
海外だとプレスコなので便利なのかも。
使いやすさではTVPaintも負けていなさそうですが、価格帯的にはCLIP STUDIOが圧倒的に安くなると推測されます。
液晶タブレットがもっと安くなってくれるといいんですけどね。

また新番の季節がやってきますが来期は何が本命なんでしょうか。
最近佳作が増えている気がしますが売り上げの方はどうなんでしょうかね?
いい作品が売り上げに繋がってくれるといいのですけれど。
海外への番組販売も増えるといいですね。


2015年2月23日月曜日

周りに若い子が増えたり…

最近、自分の仕事で若い演出の子が増えた。
皆、演出になってまだ1〜2年くらいの経験。
若い子が増えるのはいいことだ。
若い子ばかりでも面倒見切れないので、今はちょうどいい案配かも。
手のかかる子がほとんどだが、最初からセンスがあって早く出世しそうなのもいる。
実際の出来はどうあれ、みんな心の奥底では自信家だ。
若者とはそうでなくてはね、と思いつつ、
ふと、若い頃の自分がどう見えていたんだろうと考えると恥ずかしくなった。
挫折は沢山味わうだろうけど若い時は勢いで進むしかないからね。

2015年2月7日土曜日

ISILの残虐映像について

ISILがヨルダン人パイロットを焼き殺す映像を見た。
見たと言ってもざっと早回しでだけれど。
ただ殺人部分の映像であれば見なかったと思うが、映像が凝っていると言っている人がいたので興味があった。

*ひどい映像なのであえて見る事はお勧めしない。

言われていた通り、かなり凝ったものだった。
映像は全体で22分ほどだが、実際の殺人の部分はラストの5分ほどに過ぎない。
その前はパイロットが捕まった経過などをCGを交えながら解説したりパイロットへのインタビュー映像で構成されている。
言葉が判らないので何を言っているかは詳しくは判らなかったが、英語のニュースなどで詳しく解説されているようなので、映像以外の内容はそれを参照すれば良いと思う。
映像はとにかく無駄に凝っていた。
かなり本格的な映像のプロが絡んでいると思われる。
編集・音楽・CG・テロップなどの映像処理、パソコンがあればかなり凝った事が出来るとはいえ(適切な表現ではないかあもしれないが)巧い。
プロでないにしてもかなりの熟練者が作っているのだろう。
基本はドキュメンタリー的だが、演出が過剰でドラマティックだ。
彼らにとって現実とフィクションの境界は曖昧なのかもしれない。
本人達に自覚はないかもしれないが世界を混乱に貶めている事に快楽を覚えているだけの集団なのであればああいった映像を作ろうと思うのも納得がいく。
かつてであれば徹底的にリアルな表現を必要としていたであろう集団が、ドラマティックでフィクションにも見えかねる様に映像を飾り立てている。

そんな現実を見た今、僕らフィクションの作り手は戦争や残虐というものを映像で表現していく時どういうアプローチが必要なのかということは、かなり深刻に考えざるを得ないだろう。

気づかなかったけど

このブログを書き始めて6年位経ってるということに気づいてびっくり。
そりゃあ自分を取り巻く状況も変わる訳ですね。
6年前というと業界の仕事が凄く減ってた時期、あの頃に比べると随分仕事の数は増えて助かってるんじゃないでしょうか。
仕事が沢山有ると下手な人しか捕まらなかったりするので、仕事減ればいいのになどと発言する人(アニメーターが多い)がいますが、仕事のない恐ろしさを知っている身としては下手な人と付き合わなくてはいけないとしても仕事は多い方がいいと思っています。
仕事が少し減ると演出家なんてあっという間に食いっぱぐれますからね。
アニメーターはまだ小分けに仕事が貰えるので仕事の減る感じが他の職種よりゆったりしているますが、演出家などは突然パタリと仕事が無くなったりするので恐ろしくてしょうがないです。
この先のアニメ業界はどこへ向かっていくんでしょうかねぇ。
ここ数年で大きな変化が起りそうな気はします。
マニア向けの商売の行き詰まりは誰もが感じている事なのでどこからそれを崩していくのかが鍵かな。
ジブリも果たしてもう一度現場を持つのか。
マニア向けではないアニメを作れる場所は現状ではそれほど多くはないので、大手のアニメ会社と才能あるクリエイターの幸福な組み合わせが生まれる事を願います。

2015年2月5日木曜日

雑誌の取材とかについて

アニメに限らず雑誌の取材とかは、ほとんどというか全てギャラは出ません。
しかしながら宣伝のためということで監督などは協力します。
イベントなんかも監督はギャラ出ないんじゃないですかね?
私は貰った事ないです…
まあそこそこギャラは貰っているし余程の人気作でなければ月に何本も取材がなんて事はないのでいいのですが、たまに多いときが有ったりタイミングが悪いとボディーブローの様に仕事のスケジュールを圧迫してしんどかったりします。
人気作品の監督さんなんかは大変だと思います。
とはいえ、私なんかは作品について話すのは嫌いではなくて、コンセプトについてしゃべったり普段なかなか聞いてもらえない事を聞いてくれると嬉しいです。
でも、自分の言いたい事を言う場所ではないのでこういう事について話したい!と言う事を聞いてくれる人は少ないですね。
というかアニメ雑誌とかであんまり難しい話をしても読んでくれる人いないですしね。
面白い作品は色んなこと考えながら作ってるに違いない訳で、もちろん言えない事も山の様にあるだろうけど記録されてるといいなと思います。
言えない事…ってホントに沢山あって、たまに困りますね。
人間関係とかは特に…悪口とかいえないしね。
表に出ない作品の苦労話とかは、現場にいた人に聞くしかなくて滅法面白いやつは酒の肴になります。
愚痴ににもなりやすいけど、無茶苦茶な現場の話って後で笑い話に出来る様になると面白いですね。
大先輩から聞くいい話も現場で仕事してないと聞けないです。
アニメなんかはスタッフの発言が記録に残るなんて希有ですから、取材もなるべく頑張って受けますけど、たまにギャラ上げてよって思いますね。

2015年2月4日水曜日

アニメの断面: 新人コンテマンが出てこない訳:へのコメントへの回答


再びコメントを戴いたので、回答します。
「どうすれば絵コンテも担当出来る演出家になれるか」という事を知りたいとの事ですが、やはり状況を少々誤解されているかと思います。
能力のある演出家であれば、余程特殊な制作状況でない限り絵コンテと演出と両方担当したいといえば、ほとんど実現します。
制作に言って両方担当できるようなスケジュールの仕事を割り振ってもらえばいいからです。
能力のある演出家とは、作品によって、評価する人によって色々だと思いますが、ここでの大雑把な定義は、作品にあった演出家としての能力と引き受けたスケジュールを守る能力を備えている人とします。
テレビシリーズ1本の絵コンテのスケジュールは平均的には3週間。
大体このコンテのスケジュールが守れれば、演出・コンテ両方担当したいと言って断られる事はあまりないように思います。
現に私も自分のコンテは自分で演出する事が多いタイプでした。
もちろん新人の頃は人の描いたコンテで演出する事が多かったですが、自分でコンテが描ける様になって、さらにキャリアを積むにつれて他人の絵コンテを演出するのは苦痛になっていきました。
自分でコンテを描くと最終の画のイメージまで大雑把に考えていますので、演出の段階で
考える事が少なくて済みます。
監督もコンテマンと演出家が一緒の方が2度同じ事を説明する必要がないので楽です。
なので、出来る人がいるならコンテと演出をセットで任せたいのが皆の本音だと思います。

ですので、絵コンテと演出を両方担当出来るような演出家というのは特殊な演出家ではないのです。

さて、確かに今放映されているアニメを見渡すと絵コンテと演出が別な人の事が多いと思います。
これは何故でしょう。
個人的な見解ですが、絵コンテと演出をセットで引き受けられる中堅の演出家の不足が一番大きな原因なのではないかと考えています。
肌感覚として、中堅の演出家はどこに行っても引っ張り凧でなかなか押さえる事ができません。
人気声優さんと同じです。
今、安心してコンテと演出を任せられるような演出家がいると、あっという間に監督に引き上げられてしまっているような印象も有ります。

スケジュール的な事で言うと、自分(演出家)の空いているスケジュールと相手のスケジュールが噛み合なくて、ここで仕事はは欲しいけど演出だけコンテだけしか受けられないという場合は多々あるように思います。
スケジュールついては自分の力ではどうしようも無いので、私の場合は演出とコンテをセットで受けられない作品はなるべく避けるようにしていた、特に演出だけの仕事はなるべく避けるようにしていたくらいです。(演出はスケジュールが自分のせいではなく遅延したり体力を消耗するので収入的な効率はあまり良くないのです)

演出家を志望されているとの事ですが、雑な言い方に聞こえるかもしれませんが普通に優秀な演出家を目指せば絵コンテも演出も担当出来ます。
私がイバラの道と言ったのは小さな会社からキャリアを始める事についてです。
もちろん優秀な演出家になる道のりはどこから初めても大変ですが、小さい会社だと面倒を見てくれる人が居ない場合やチャンスが少ない事が多い気がします。
昔は、小さい会社の方がチャンスがあることがあったのですが今は少し状況が違ってるような印象です。
いやチャンスがどこに有るかは判りません…ちなみに私のキャリアは比較的小さな会社から始まりました。
でも、どこにいても頭角を現す人はいるし自分次第な部分も非常に大きいと思います。
演出家になるのに決まった道はありません。

絵コンテの仕事を任せてもらえる様になるには、自分で絵コンテを描いて監督に見せたりしていれば道が開ける事が多いと思います。
このエントリも参考にしてください。

知りたい事の答えになっていれば幸いです。

2015年1月25日日曜日

新人コンテマンが出てこない訳:へのコメントへの回答

だいぶ前の投稿ですがコメントがついてたのでお答えします。

アニメ制作会社の入社試験を受ける時に自分の描いたコンテを見せる事はコンテマンへの道への第1歩になるのか?

という質問ですが、まず第一にコンテマンといううものの存在についての理解をきちんとしておいて欲しいと思います。
絵コンテを描くというのはアニメの演出の仕事の一部で、本来であれば絵コンテを描いた演出家が実際の映像になるまで責任を持ってつくるのが演出の仕事です。
しかし諸々の都合でこの絵コンテの仕事だけ分割して発注することがある訳ですが、その後の作業を担う演出家と仕事の分担を言葉の上で判りやすくするために、コンテを描いた人を「コンテマン」と呼びます。転じて、もっぱらコンテを描く事で生計を立てている人の事をそう呼ぶ事もあります。
つまり本来、コンテマン=演出家で「コンテマン」というものを育てようという会社は有りません。
ネットや本を調べてもコンテマンへの道筋が書いていないというのはそういう理由です。

その前提の上で話をしますと、コンテを見せるというのは演出家になりたいという自分の意思表示としては有りだと思います。
かくいう私も最初の会社に入社する際、面接で自分の描いたコンテを見てもらいました。
技量を見てすぐにでも演出家になれる、などということは皆無だと思いますが、可能性や意志をプレゼン出来ると思います。
ただし、大きなアニメ会社になると入社試験に結構な人数が来ますので、決まった形式の面接以外はやる時間はありません、というところも沢山有ると思います。
なので、コンテを見てもらえるかどうかはケースバイケースでしょう。
会社に問い合わせてみるのが一番てっとり早いです。
小さい会社であれば見てくれる可能性は高いです。
ただし、受かったとしても色んな意味で茨の道を歩く事になる可能性が高いです。

特に絵の勉強をしている訳でもなく、演出家になりたい訳でもなくコンテマンになりたいと思っているならば、アニメ業界への道はお勧めしません。
まず失敗すると思います。

2015年1月8日木曜日

映画興行収入

妖怪ウォッチの映画が16日間で54億円の興行収入を稼いだそうで、まあ凄いですね。
ベイマックスも40億くらい稼いでいるのでここからの興収レースが見物です。
アナ雪に最終的にどこまで迫れるのでしょうか。
まだ私はどちらも観られていないので早く観に行きたいです。
しかし、ファミリー向けはやはり当たると大きいですね。
妖怪がファミリー向け映画としてどのくらいのクオリティーに達しているのか判りませんが、ジブリがファミリーをイマイチ捉えきれていない現状でファミリー層をに向けた日本のコンテンツには是非頑張って頂きたい所です。
しかし、この2つの映画を見るにやはり営業の力は偉大だなと思います。
妖怪ウォッチも流行の風が吹いていたからとはいえ、映画にあわせたタイアップや宣伝などが尋常じゃありません。
ベイマックスも邦題の付け方から周到に宣伝が考えられていて、結果をみるにピタリと方策が的中したようです。
*ベイマックスの原題はBig Hero 6
プロモーション戦略をしっかり練っているとやはり違うなあと思います。

流行ものの価値

流行ものは流行れば流行るほど、流行っている事自体に価値が出ます。
流行りはコミュニケーションの媒介になりますから、それが好きでも嫌いでも共通の話題でコミュニケーション出来ます。
そういう使われ方こそ流行ものの真骨頂でしょう。
いまなら、妖怪ウォッチを見ているだけで共通の話題、コミュニケーションの入口が簡単に掴める訳です。
最近の多様な娯楽のある世界では流行ものはそれだけで大きな価値があると言えます。
逆に流行ってしまえば内容がどうだろうと関係なく消費される様になります。
逆に凄く流行ったからといって時間という審判を経てなお残っていく作品かどうかは別です。流行ものは流行らなくなったとたんその価値を急速に下げます。
我々的には流行をつくりつつも、時を経て残っていく作品を作りたいのですが、なかなかに難しいことです。
流行を作る事自体も難しいですし、時を経ても高い評価を貰うのも難しいです。
商売だけの事で言ったら流行を作る事の方が短期的には商売に成りますし、儲けの幅も大きいのではないでしょうか。
しかし、作り手としてはあっという間に忘れ去られるより長く人の心に残りたいという欲望には抗いがたいです。
その2つをバランスよく狙える様になったら巨匠なんでしょうかね。

2015年1月7日水曜日

成長するブラジル・アニメーション 5億人の巨大市場を手中に収める政府の英断

この記事:成長するブラジル・アニメーション 5億人の巨大市場を手中に収める政府の英断は興味深い。日本で国がここまでコンテンツ産業に力を入れられるのか?あとは日本の制作者がもっと広く世界の市場を意識して作れるのか。手描きでは無いアニメーションへの参入をどう考えるのかなど。日本のアニメ産業はやはりニッチと見られているのは間違いない。

2015年1月2日金曜日

個人出版で企画を試す

あけましておめでとうございます。
今年も気が向いたときしか更新しない可能性が高いですが…
たまの暇つぶしに読んで下さい。
竹熊健太郎さんがTwitterで紹介していた記事が面白かったです。
個人出版に楽天が参入してきたというわけです。
さて、個人的にこの記事を見て思いついたのはアニメや実写の映画の企画を立てる時、プロトタイプの物語を作って個人出版を使ってお客さんの反応を調査するというものです。
企画が受けるかどうか見極めるというのはとても難しいので、その道具になりそうだなと思いました。
漫画や小説の形態であれば作る予算はそれほどかからないでしょう。
漫画であればネームかプロットまではこちらで作り、誰か漫画家さんか、あるいはアニメーター(漫画描けるアニメーターは最近結構いると思うので)に漫画化してもらい、小説で良いなら脚本家に頼んでしまうなどすれば結構簡単に物語を形にする事が出来ます。
さて、ここから従来であれば出版社が絡み、この段階で作品が売れるかどうかという話に成る訳ですが、個人出版であればその必要はありません。
売れなくても全然構わない訳です。
もちろん、形にしてもらった漫画や小説は買い切りの形にして単純な労働時間などに見合ったギャラを出してあげれば言い訳で、それは事前の交渉で可能でしょう。
ただ一度世の中に出すのでパクられる可能性は否定出来ません。
作品としてどの程度の精度で見せるかにもよると思いますが、一応物語の体裁を整えておけば丸パクリされる心配はあまりないと思いますけれど。
現在の漫画とアニメの関係は売れた漫画をアニメ化するというのが基本ですから、その実験を出版社を介さずに行えれば、これは映像制作にもの凄く大きな強みになるでしょう。
どこかで直ぐやる人が出てきそうです。