2014年5月29日木曜日

アニメがサブカルだったころ

今はメインカルチャーなのかと言われると違うとは思うのですが、限りなくメインに近い文化になりつつあるんだと思います。
昔は所詮マンガ・アニメと言われていたものがマーケットも成長し、昔のファンはいいオトナ。
商業アニメの礎を築いた方達は引退したり亡くなられつつある。
それを見て育った人たちも50代とか。
ちゃんとしたオトナが見ている文化がサブカルなわけがありません。
子供だけのオトナが入ってこない世界ではなくなってしまった。
かつての子供たちは皆、大人になった。
そして、子供は圧倒的に少なくてお金を持ってない。
お金を持ってない子供達にお金をつぎ込む大人も少なくなってしまった。
大人は大人の為にお金を使う。
もはや覚悟して大人が受け入れられるメインカルチャーとしての自覚を持たなければいけないのかも。
裾野が広ければ、その中に子供だけの居場所もつくれるんじゃないでしょうか。


2014年5月28日水曜日

アニメのクォリティーのアベレージ

実写映画というカテゴリーとアニメというカテゴリーを乱暴だが単純に印象で比べて、どちらに品位があるかっていったら実写映画と答える人が多いでしょう。
日本映画とアニメとで日本人に質問したらアニメもそんなに分が悪くないかも。
完全に個人的な印象論なのだけど、実写映画の品位が高く感じられるのは作品の絶対量が圧倒的に多いからじゃないのかなと思う。
世界中で映画はつくられていて、いい作品もくだらない作品も沢山あって、割合からいったら佳作は圧倒的に少ないと思う。けど絶対的な量が多いから人目に触れる映画の佳作はアニメの佳作の量より圧倒的に多い。見ないまでも佳作として取り上げられ宣伝・批評される作品数はアニメの量と全然違う。
なんてたって沢山あるかに見えるアニメも実写ドラマの数(海外のものも含めてですが)に比べたら圧倒的に少ない。
(日本作られるものに限定すると実写ドラマの本数は少ないと思いますが…)

アニメ全体のクオリティーが高いという印象を一般の人に持ってもらうには相当に一作一作を丁寧に作らないといけない気がする。
でも、それは無理。
日本だけでは…
もちろん、いいもの作れるスタッフも増やさなきゃいけないんだけどB級作品もやっぱり必要だと思う、みんながジブリアニメみたいなものつくってもつまらない。
アメリカだってくだらない映画山ほどつくってる。
世界中でもっとアニメが沢山作られる様になったら、アニメの印象ももっと変わるのかな。

2014年5月26日月曜日

体力というより

最近はストレスとの闘いの日々。
日々、嬉しいことも沢山起きるが、同時に大変なことも起る。
うまくできてる。
ストレスの種を横に置いといて仕事ができれば良いのだけど。
どうにも頭をよぎって仕事にならぬ。
不安が現実になってから考えればいいようなことも沢山あるけれど、
なかなか頭の中から振り払えない。
手を動かしていれば夢中になって忘れてしまいたい。
みんなの期待に応えたいけれども、少し重たい。
でも、頑張る。

2014年5月18日日曜日

できてあたりまえ…

演出家は演出できて当たり前。
アニメーターは絵が上手くて当たり前。
美術も絵が上手くて当たり前。
色彩設計は色の使い方が上手くて当たり前。
撮影は撮影上手くて当たり前。
上手い人同士の差がどこでつくのか
というと技術ではないところ。
そこが何かというのは人それぞれ。
当たり前の事が出来ているかどうか、
というのはプロの物差しではない。
…筈だよ。

2014年5月13日火曜日

アナと雪の女王

泣く子も黙る大ヒット街道驀進中の「アナと雪の女王」観てきました。
色々思う所があったんで自分メモ的に書きます。
まず面白い映画なのかどうかという所ですが、これはもう見る人によって全く真逆の反応が来るだろうなというつくりですね。
しかし、そのつくりが大ヒットの方に転がったわけです。
さてその作り方には大きなポイントが3つあると思いました。
1:話がとてつもなく大雑把!!!!(ほんとにビックリしました…)
2:スラップスティックコメディーである
3:音楽が素晴らしい!!!!
まずは、1の脚本の話から。
なんで話が大雑把なのかというと、上映時間102分の中になるべく音楽とアクションを詰め込もうと考えた結果のようです。
とにかく、2と3をとことん面白くする代償としてお話を削ったんでしょう。
尺は結構長いので、あれ以上は伸ばせなかったでしょうし。
自分は久しぶりにディズニーアニメを観たのでラプンツェルなどがどんな語りだったのか判らないのですが、ビックリするくらい脚本は大雑把でしたね。
脚本だけで行ったらプリスクール(幼稚園児以下〜)を想定してるような感じです。
小学生以上だと普通ならアホらしくなるんじゃないかと思いますが、話の大雑把さを音楽とアクションが完璧に補っているからこそこれだけの大ヒットになっているんじゃないでしょうか。
お話に入れこんでいる要素(主にキャラクター)や筋立てが単純ではあるのですが尺に対して多過ぎ、収まりきらない所を説明台詞などで無理矢理解った気にさせようとしているので「アナと雪の女王」という映画のダイジェストを見せられているような気分になります。
特に最後のある重要なキャラクターのひっくり返しは強引過ぎてのけぞりました。
さすがに無いわ〜〜〜〜〜と思うくらい。

次に音楽。
歌シーンはホントに素晴らしいですね。
歌と画づくりがピッタリあっていて、雪だるまのうた、とLet It goだけでもう元がとれそうです。
吹き替え版の歌はアップのところは日本語に合わせて作り直してましたね。
さすが!
あとは、スラップスティックコメディーが意識して使われていて、特に高い所から落ちそうになる、あるいは落ちるというモチーフが繰り返し使われるのですが、これはホントに初期のマック・セネットやバスター・キートンなどのスラップスティックコメディーの流れを意識していて映画の色を作っていると思います。
子供は明らかに反応してましたね。
その流れで子供がすごく喜んでいたのが、雪ダルマのキャラクター。
あれが動いたりギャグをやる度に子供が笑っていました。
ラストのアクションはちょっと怖いので泣いてる子もいましたけどw
全体として、ディズニーランドのアトラクションみたいな映画だったと思います。
そして日本ではコメディーが求められてるという思いは増々しました。
そして、ヒットの法則は相変わらずで、ある閾値を超えたらもうとてつもないビッグヒットになるというパターンにアナも完全に嵌ってますね。








2014年5月11日日曜日

年金…

受給を75歳からに選択できるとか…選択じゃなくて確実に引き上げるつもりじゃ……
貧乏人は早く死ねってことですね。

スタッフの疲弊

スタッフの疲弊を解っていながら解消してあげられないのは辛い。
才能というのはポンポンと産まれてくる訳でもなく、さらに育つ時間も必要なので、
それまでは待つしか無い。
もちろん外から連れてこられれば良いのだけど、相性の良い人をタイミング良くつかまえるのは現状難しい。
増えてしまった仕事に対応出来る人間が少な過ぎる。
今は手を合わせてやり遂げられる事を祈るのみである。

2014年5月8日木曜日

自分メモ:アメリカの変化

この記事を読んで

たまき雄一郎【訪米報告】安保、TPPをめぐる日米の同床異夢

オバマが来てた事なんかまるで気にしてなかったけど、
横っ面を叩かれた気分がした。
英語解らないんでちゃんと検証してないですけど、
大変な時代に突入してるんだなあ…
こういう世界を前提にした物語が必要になりそう。
10年後はまた随分大変な世界になってるのかもしれない。

2014年5月4日日曜日

コンテの絵の精密さについて

ネットでチラッと話題になってたのを見かけました。
自分もたまにベテランさんたちと、コンテの絵で決め込みすぎてるのはいかがなものか?という話をします。
決め込み過ぎは良くないと思うけど、とはいえどの程度決め込むかは難しいところなのかもなと思います。
基本的には、そのカットで必要な情報が何か伝わればいいのですが作品によってもその度合いが変わってきます。
劇場作品なんかになると、リテイクを減らす為にレイアウトに近いようなコンテが描かれる時もあります。
テレビでもリテークが少ないのは演出家にとってもアニメーターにとっても有益ですし。
コンテは最低限の情報だけで後はアニメーターに任せるというのは、演出家・アニメーターを育てる上でも大らかな画をつくるためにも必要かなと思うのですが、現状もテレビアニメに求められているクォリティーやアニメーターの質など考えると決め込みたくなる気持ちも解らんではないです。
自分はアニメーター上がりでもないので、絵を描き込むといってもたかがしれてしまうので、絵に頼らずきちんとカットのコンセプトを詰める事を心がけています。
絵に頼った演出は実際の映像になった時あれ?と首を傾げられる事が多々あります。
物語を読むというのは、映像であっても基本に言葉ありきなのです。
そう考えると本来コンテなんて画は精密に描き込まなくても良いということになるのですが、とはいえ言葉だけで伝わりずらい部分は画で描かなきゃいけないのです。
描き込むといっても、レイアウトだけきちんと決め込むのか、芝居をどこまで決め込むのかと幅があります。

実際の現場では制作上がりのコンテマンは今非常に不利な印象です。
ひとつの理由はコンテ撮。
コンテ撮でアフレコしなければならない時、コンテの絵があまりに判りにくいと大変なのです。
もうひとつは、絵を描くときとてつもなく不親切なコンテがあるという事実。
例えば長い台詞の間の芝居をアニメーターに丸投げにしてたりするくせにいざアニメーターが自分の解釈で描いた時にこうじゃないよと言ってリテークする演出家がいます。
これ一見普通にも思えるんですが、アニメーターの労苦を考えると凄く辛いんです。
最低限、必要な芝居は演出家で決め込んで間をアニメーターが埋めたりアレンジするのが健全です。
かといって巧い絵で描かれすぎててもこれ誰が起こすの?ということになったりするんですが…
帯に短したすきに長しとならないように、過不足無いコンテが描けるといいですねえ。

2014年5月1日木曜日

動画コンテ

コメントをいただいたのでお答えします。
絵コンテを動画にして、それを上がった絵から随時差し替えていくようなやり方は、ライカリールといってディズニーが発祥のようで日本でそのスタイルを意識して使っているのはスタジオジブリだけだと思います。
意識してというのは、昨今のテレビアニメではスケジュールの悪さからアフレコの為の最初の編集のとき、絵コンテをつなげたものを作成する事も少なくなく(いわゆるコンテ撮)結果的にライカリール的なことをやっているとも言えるからです。
ただし、ジブリはレイアウトや原画が上がったそばから取り込んで差し替えているはずで、そこまでマメにやっているのはジブリだけだと思います。
マメにとはいっても劇場作品ですから日々少しずつだとは思いますが。
私の知っているのは、こんなところです。
普通のテレビアニメではライカリールは面倒なのでやれないと思います。
取り込みが大変なので。
全てデジタル作画になれば簡単にできますが、まだ先でしょう。
アクションものなどでは編集を確認したりするのに有効だとは思いますが、現状のテレビアニメでは難しいですね。