2013年12月30日月曜日

今年も終わり

今年も残す所2日。
個人的には年末感はないですが、いつものこと。
今年のアニメ業界は仕事の量が戻っときて景気は良かったようですね。
制作的にはスタッフを捉まえるのに四苦八苦で大変でした。
忙しくて結局全然アニメを見れなかったので、何が良かったとかも無いのですがバラエティはあったという印象。
商売的に一番成功したのは進撃なのかなぁ?
来年も、本数は減らないようなので、なるべく色んなアニメみたいですね。
録っても全然見る暇なかったから…
映画ではジブリの巨匠2人が遺作になりそうな長編を完成させたのが話題でしたね。
これからアニメ界の勢力図が大きく変わっていきそう。
今30代半ばから後半の監督が何を作っていくかに注目してます。
庵野さん世代はもう50前後ですからねぇ。
これからのムーブメントを作って行くのは今30代の人たちでしょう。
あと、来年以降はデジタル作画がどうなっていくかが注目でしょうか。
テレビが4Kに移行したりしたら、もう紙で描くのは無理でしょうから。

来年はどんな年になるんでしょう。
景気もまたこれから停滞していくでしょうし、アニメも何をつくっていくのかちゃんと考えて行かないとメジャー街道から滑り落ちていくだろうという気がしています。

2013年12月26日木曜日

新人コンテマンが出てこない訳

絵コンテ発注は難しい。
普通のテレビシリーズで賞味20分くらいの尺になると、いざコンテを直さなければいけなくなった時、結構大変だからだ。
コンテを直す理由は様々だ。
ヘタなので直す、という時もあれば、作風にあわないので直すということもある。
各話のコンテマンがどのくらい突っ込んで作品を理解してくれているかも、コンテの上がりに影響する。
とはいえ、基本的には全体像を把握する事は出来ないしどんなに上手い人でもなんらかの直しが発生してしまう。
といわけで、新人のコンテマンを育てるというのはなかなかハードルが高い。
そこで、営業力のある人間か、アニメーター上がりの人にコンテの仕事が行きがちなのかなと思う。
アニメーター上がりのコンテマンが皆、使えるかと言えばそんなことは全くなく物語の理解力がない人のコンテはぱっと見格好良く見えても、実際映像になってみると何かコンテの時はもっと面白い気がしたんだけど…みたいなことが起る。
かといって、昨今のスケジュールの無さに直面した時アフレコがコンテ撮などだと、画の描けない人のコンテは判りにくいと言わざるを得ない。
現状コンテの仕事が来るのはアニメーター上がりの方が有利だと思うが、昨今活躍してる若い監督がアニメーター上がりかというとむしろアニメーターは少数派なのではないだろうか。
なんにせよ、コンテマンになるには物語の理解力と画の力両方必要なので頑張ってほしい。

2013年12月22日日曜日

現場によって違う人

自分がもう2度と使うまいと思った演出が他の現場で先輩が評価してるっぽい話を聞くと不思議だなと思う。2度と使いたくないと思う人は下手なのではなく不真面目な人なので、他の現場ではきっと真面目にやっているのだろう。なぜならその先輩も仕事に厳しい人だから。しかし、仕事によって態度を変える人はすぐに噂が立ってしまうのではないだろうかと思う。狭い業界なので噂の広まるのは早いのです。
といいつつ、あちこちの会社で出入り禁止になっているにも関わらず、未だに仕事が続いている人もいる。とにかく自分はなるべくそういう人と距離を置きたいものだなぁ。

2013年12月1日日曜日

メモ:いじめ問題に寄せて

共感するところもあり、わからないところもあり。最後のくだりは凄く共感。

いじめ問題によせて  ~「爆笑問題といじめ問題」全文公開~ 『藝人春秋』(水道橋博士 著) | 自著を語る - 本の話WEB

2013年11月20日水曜日

カリスマ

エネルギーの塊みたいな人は何処にでもいて、そういう人間のエネルギーに触れると触れた人に熱のように伝わる。それが負のエネルギーのこともあるけど。芸能みたいなものは、そういう溢れるエネルギーに触れる事だと思う。アニメみたいな物だと1人ではなく大勢のエネルギーで構成されているけど、熱量の高い作品こそ面白いというのは同じだと思う。逆に人間のエネルギーの情報みたいなものが画に刻み込めなければ意味がない。それは、アクション映画だから熱量が高いという事ではない。
音楽のライブとかに行くと、どんなライブでも大概は演者のエネルギーで熱くなる。何でそうなのかというのは、人間がそういう風に出来ているからという事しか解らない。そういう人間同士のエネルギーのやり取りが出来るから芸能なんてものがあるんだと思う。もちろんもっと知的な部分での芸能の役割もある。官能と知的はコインの裏表のように分かちがたく一体になっているけど、先ずは官能ありきという気がする。人間は人間である前に動物だからかな。

2013年11月19日火曜日

売れる物

何が売れるか、というのは単純で分かりやすいと思う。
お客が欲しいもの・それに買える価格だ。けど、何で作れないかというと自分の出来る事と売れる物の間に齟齬があるからかな?と思う。
これを作れば売れるんだろうけど…というイメージがあっても自分が面白いと思えないとか、そこに至れない理由は色々なんだろうけど。
何で売れてるのか解らないものもあるけれど、それはもう作れないな、と思う。

2013年11月18日月曜日

マスターショット

ものすごく乱暴な言い方をするとマスターショット(ロング・ショットで全体の状況のわかる画)とアップショットの繰り返しでコンテはつくれるのだけど、これやらない人がいる。やらないのか、できないのかは判らないけど。
アニメでは引きの画(ロングショット)をつくるのは大概の場合大変なので、TVアニメの場合マスターショットを一つ決めて、できれば1つのシーンはそのマスターショットの兼用する。しかし、マスターショットをいい加減にして、演出の意味合い的にはあまり変わらないのに、わざわざ違う構図で描いてくる人がいる。
あとは、マスターショットをちゃんと決め込んでいないからイマジナリーラインが交錯してたり、そもそもの状況説明が伝わらない場合もある。
マスターショットをきちんと設定しておけば逆に嘘をつかなきゃいけない時もつき易いと思うのだけど…。
好みとか流派も有るとは思いますが、マスターショットの使い方って基本中の基本な気がするんだけどなぁ。
状況説明と細部の説明の繰り返し。これコンテの基本だよね…。

2013年11月17日日曜日

ダンス補足

演出家がダンスの振り付けをするようなことは、いわゆるアイドルもののアニメにおいては無いと言って良いです。とても短いシーンで振り付けの無い音楽を使う時などは極まれにあるかもしれませんがアニメの演出家が普通のダンスの振り付けなどできるはずもないので。
ハルヒみたいな特殊なのは演出家がやることもありえますが、普通のダンスとはちがうものですね。

2013年11月15日金曜日

ダンスの演出

ダンスを演出するといっても、いくつかやり方があります。
まずはCGを使うか使わないかが大きな分かれ目。
①CGを使う場合、絵コンテを描くやり方と描かないやり方2つあります。
特に最近はCGのディレクターやアニメーターの技術が高いので、作画絡まない場合は言葉の説明だけでかなりいいものを上げてくれます。
もう一つ絵コンテを描く場合はカメラワークなどを詳細に指示したい時と、例えばキャラのクローズアップだけは作画にするとか、ラフのモデルだけCGで出してもらって作画で全て描く場合などが考えられます。
とはいえ、絵コンテを描かなくてもCGのアニマティクスなど観ながら口頭で修正指示する方法も十分有効ですのでCGを使える場合、(アニメ演出家)絵コンテの重要性はかなり低くなったと言えると思います。
②CGを使わない場合。これは、絵コンテが必須要素です。
演出家は振り付け師ではないので、振り付けのビデオなど見ながら、カメラを決めていきます。
スポッティングシートという主要な音がどのタイミングで鳴っているかを示したタイムシートを編集に作成してもらってカット割りを決めていくことが多いです。(これは作らない人もいます)
しかし、絵コンテ上での詳細な編集ポイントの指定は難しいので、絵コンテ作成後に仮の編集をして、カットの尺をより詳細にします。
その後、編集した尺をもとに作成したタイムシートやコンテのカメラアングルなどに沿って作画してもらうことになります。
②はダンスということでなくとも、OPなどを作る時非常に一般的なフローです。
大枠の仕事の流れは、こんな感じです。あとは演出家のこだわりで細かな作業は違うと思います。

作画さんは例えCGのガイドがあったとしてもダンスを積極的に描きたいという人は極少数派だと思います。
そのくらい、大変な作業です。

コメントもらったので書いてみましたが、こんな感じで答えになったでしょうか。


2013年11月11日月曜日

5周年

このブログ始めてからまる5年。

色々ありましたね。

気の向いた時にしか更新してないですが、まだしばらく続けようかと思います。

飽きるまで。

2013年11月9日土曜日

なんというか、作品がうまくいってるからといって各々の利益になってるかというと必ずしもそうではない、ということを思い知った。お金ということだけではなく名前が売れるとかそいうこと含めても個々の思惑に嵌るかどうかというのは難しいものなのだなあ。とはいえ、作品がうまくいってないと個人の野望すらも思い描けない訳で。。。個人の利益につなげていくのは難しい。

2013年10月26日土曜日

最近アニメの本数増えて

異様に本数増えてるので、ジョブチェンジしたいと考えてる制作諸子には大チャンスです。
1・2年は、かなりの人手不足が続くと思われますのでこの機に乗じて演出になってしまうといいでしょう。
その後続くかどうかは腕次第。
5年後位には、またガクッと本数減るんじゃないでしょうか(今までのパターンだと…)。
作監になりたいとか、キャラデになりたいとかもまた然り。
続くかどうかは腕次第だけど…
ダメな人は仕事減った瞬間淘汰されてゆくので。

2013年10月22日火曜日

どうにも…

役人は苦手だなぁと私用で思ったり。苦手っていうか、嫌い…なんですね。
Anime Japan 2014って名前を変えて今までの事は水に流しましょうという事なんですね。
清濁併せ呑むってやつですかね。
2年くらい揉めて、、、その程度の事だったんですな。

2013年10月21日月曜日

急に鬱な気分に…生きるって大変ですね。
自分に出来る事はあまりにも小さい。

2013年10月20日日曜日

作品は誰のものか

原作にしろオリジナルにしろ色んな人がよってたかって一つの作品が出来上がる。
どこが誰の手柄とか決めるのは難しい。
そして、権利的にはお金を出した個人あるいは法人が持ち合うのだけど、それはあくまで金銭の報酬を分けるための法的な取り決め。
監督は基本的には作品のかなりの部分の方向性とか具体的なアイデアを出すけれど、作品の金銭にまつわる権利をもらえることはまだ少ない。
オリジナルの作品にしたところで、過去のどの作品にも似ていない作品などあり得ない、クレジットされていない深層の参考作品がある作品だって山ほどある。
テレビアニメなんか演出家だって沢山の人間が関わるのだし、監督がいた所で本当に監督の手柄なのか外から見ていたって判るはずも無い。
監督のおかげですよと褒められても、自分のやりたい事素直にやってる訳じゃないしピンと来ないななんて拗ねてみたくなるときもある。
しかし、結局見てる人にとっては誰が作ろうが、お金出していようが関係なく、ただ面白いかつまらないかだ。
客にとっては芸術なんて実用そのものであって、(特に娯楽は)霞の様なものではない。
誰が作ったって構わない、そうであるなら自分の存在意義はあるのか?などと不安にかられつつも御飯を食べるためには働くしかない。
誰が作ったていいからこそ自分がそこにいられるということもまた真だ。
アートアニメーションのような限りなく個人制作の作品をつくれば心が満たされるのだろうかと思うときもあるが、そもそも個人制作では到底作り得ないものが作りたいのだから満たされるはずはない。
成功報酬などでお金が沢山入れば満たされるのだろうか…凄く沢山貰えたら満たされるかもしれないなと思うけど、かなり望み薄だ。
お金もありすぎると大変なんだろうなと思うけど、しかし世の中金だものね。
若いころは貧乏で辛かった…あの頃には戻りたくないなと、だんだん関係ない話になってきた。
作品を所有したいなどという大それた欲望は捨てて良い作品が1つでも多くこの世に現れるようにお手伝いしたい、と殊勝な心構えで作品づくりに邁進するしかない。
作品づくりは自分と作品との間にある誰にも見えない絆を感じてそれに萌えられる変態でないと続かないのかもしれない。
男女の関係に置き換えると、ぞっとするけど…作品と自分との関係性を幾ら妄想してもあまり人に迷惑をかける事は無いので良しとしよう。
ほんとどうでもいい話を長々書いてしまいました…

2013年10月13日日曜日

10年続ける

なんでも10年続けると結構凄い事になってる気がする。
どんなにど下手な新人も10年頑張って努力してれば結構なやりてになってる可能性が高い。
努力を続けるってとこがミソなんだけど…

限界

今の仕事の広がりの限界が何となく見えてきた。
頑張れば意外と突破出来るかなと思っていたが、自分の思っていた以上に厚い壁のようだ。
決して突破出来ないという訳ではないが、自分ひとりではどうにもならないし結構なリスクが潜んでいるのは判る。
時間をかければ挑戦出来そうではあるが、そこまで付き合ってる時間がもったいないかなと思う。
誰かにバトンを渡す事になりそうだ。
きっと炎の中に手を突っ込んだやつがものにするんだろう。

脚本のせい

脚本がつまらない、出来が悪いからコンテで苦労する…というのはコンテマンとか演出家の常套句ではあるのですが、、、なんでもかんでも脚本のせいにするのはいかがなものかと思います。そもそも本当にいい脚本作りたければそれなりに時間のかかるものですし、テレビでは限られた時間のなかで書くものなので自ずと限界もあろうというもの。
脚本で足りない部分をなんとかするのがコンテマン・演出家の仕事だとおもうのですがねぇ。いや、確かにあまりにも脚本のクオリティーが低い…って事だってあるわけですが。基本的には監督のOKが出てコンテマンの元に渡っている訳ですから、ホントに嫌だったらその仕事と相性が悪いって事だって充分ありうるし自分の能力が足りてない事だってあるわけなんですけどねぇ〜〜。
脚本づくりは難しい。

2013年9月29日日曜日

トラブルは絶えないものですな

うまくいっている現場でさえ色々な厄介ごとが起るもの。
なんでなんだと考えてみてもせんなき事なんだろうな。
まあでも、皆が貴重な体験をしているはず。
時間とともに良くなって行く事もあるだろう。
もはや、焦ってもしょうがないというのは身に沁みてわかった。

しかし、もう少し少人数でシンプルなつくりの現場もやりたいけど
…しばらく無理そうだな。

ここでは抽象的な話しか描けないけど (^ ^ ;


コメントに「違法アップロードをなくしてほしい、これの被害額は?」ということが書いてありましたが、違法アップロードの被害額って基本的には判らないんです。
というのも、コンテンツ関連で幾ら幾らの損害額みたいなものがあったとしたら、例えばCD何枚売れるはずのものが売れなかったみたいな話ではない。
何を根拠に幾らの損害を請求するかというのは結構難しい、基本的には訴える側の言い値なんじゃないでしょうか。
割と見せしめ的に巨額な損害賠償を請求されるというのは一時期よくあったパターン。
たとえば、YouTube的なものに出たばかりの新曲のフルバージョンが上がっていたとして、
ダウンロードされた数が判っていたとしても、それがイコールでCDが売れるはずだった数にはならない。
無料だったからダウンロードした、という人がお金を出して買ったかどうかは判らない。
ので、被害額の算定は言い値なわけです。

個人的に思うのは、アップロードされてるデータはmp3とか圧縮されてるやつなので、音質でいったらCDの方が良いしジャケットも無いわけだしデータで欲しい人がCD買ったかというと疑問符がいっぱいつく。
もう根本的にCDってマニアの人が買うものになってるんです。
場所もとるし音楽だけ聞きたい人もCD買わない。
CD買ってもCDプレーヤーで聞く人は最近はごく少数派なんじゃないでしょうか。
自分も即リッピングしちゃう。
CDってほんとに売れてなくて、アニメ系だと初期ロッドは1000枚とかごく普通。
それじゃあ全国のCDショップに置く商品なんてないし、お店も潰れる訳です。
DVDなんかのパッケージも同じです。
もう完全にパッケージって時代の主流では無いです。
では、データの商売が上手くいってるかというと、そうではない。
あきらかにデータの時代になってるけど、データの買い易さとかお値段的な所ひっくるめて需要と一致してないのかなという気がします。
サービス提供する仕組みの方が時代に追いついてないのかな、と思ってます。
お金を払う仕組み一つとってもすごく面倒くさいですから。
小中学生なんてカード持ってないし、ネットにお金払うにはプリペイドカードとか買わなきゃ行けない訳です。
でも結構面倒くさいですよね。
カード買って、パスワード入力してって、お金を出したら即商品が手元にあるってわけじゃないし。
どういうサービスが便利なのか皆考えてる最中だと思うので、じわじわ便利になっていくんじゃないんでしょうか。

売れないからといって、日の目を見ずに倉庫の中で眠ってるくらいなら、違法アップロードでも誰かに観てもらえた方が幸せ何じゃないの?と乱暴な事も思ったりしている昨今です。

2013年9月23日月曜日

インプット

音楽でも本でも聞いたり読んだりは限界があるわけです。
時間的だったり金銭的だったりの限界が。
なので取捨選択せざるを得なく、何を取るか半分運なのかなって気がする。
無限の時間と体力と金があれば、片っ端から…しかし有益なものの優先順位を上げたいと考えると実際は選ぶしかないんだなぁ。









テレビアニメの予算

テレビアニメの適切な予算て大体幾らなんでしょうかね?
もちろん商売の形態にもよると思うんですけど。
画の方で言うと原画・動画の単価が倍になると割と皆幸せなのかな?
たぶん300万くらい上乗せで1クールだと×13本で4000万くらい
必要。。。。

パッケージ売りがメインの作品だと、
最近のビデオは2話収録で7000円とかが多いのかな?
アマゾンさんの値段など見ると実際の売り上げはもっと少ないんだろう。
5000本だと利益出ないんでしょう。
7000本くらいがボーダーラインな感じかな?
これだと予算の上乗せとかまあ無理そう。
7000本以上売れる作品て少ないもんね。
ビデオメーカーの自社ラインナップでアベレージでも7000とかたたき出せ
てないんだろうなきっと。
いや、すいません、あんまり詳しくはないんで想像です。

プロデューサーさん、もっと現場に何となくではなくリアルな数字教えて
くれた方がいい気がするんです。
いやあ、辛いし
考えたくない人もいるのは判ってるんですが、
正視しないことにはお客さんの顔もみえてこないしね。
利益とかもばれちゃうかもだけど…

2013年9月21日土曜日

つながりでチェック

どうも新人の演出君はカットをつながりで見てないようだ。
確かに原画マンによってはアップばかりあげてくるような人も居るが、
上がりを待ってつながりで見ないと失敗する。
単純なポーズつながりなどは言うまでもないが、セリフの間もつながり
でみないと失敗する。
前後のカットとどう繋がるのか確認しながらチェックしないと。

2013年9月11日水曜日

自分色

自分の好みとスタッフの資質が違う時、強引に自分の好みに引っ張りこむタイプとスタッフに合わせて調整するタイプの演出がありうる。
状況によってその判断は違うと思うけど、全てを自分の方へ引き寄せるのはうまくいかなそうだなあと思う。
自分ありきで周りのスタッフが決まっていく時は自分と相性のいい人をなるべく集めれば良い。
そうでない場合、ガチガチに枠を決めて、ただやらされてるような気分で仕事をされても良いパフォーマンスは得られないと思う。
しかし、相手に合わせるのはこちらもストレスなので、その塩梅を探るのだけど中々容易ではない。
相性のいい相手と組んでいれば良い作品が産まれるという訳でもなく、むしろ違う方を向いてるパートナーと組んで出来た佳作が世の中には少なくないと思う。
どこまで、相手を信頼できるのか。
スタッフとは恋愛みたいに探り探り関係をつくっていかざるを得ない。
もちろん、まずは相手への尊敬あってこそだけど。

2013年9月9日月曜日

オリンピック

東京オリンピック決まりましたね。
総理は大嘘ついたと思うけど、IOCも判って決めたんだろうな。
これは粋なのか。
そんないいもんじゃないかもしれないけど、7年後って何やってるんだろうと若い人が想像を巡らせているのを見ると良かったな、と思う。
未来について考えたくなるって、とってもいいと思う。
でも、大人は、中年は色々頑張らなきゃいけない。
とてもとても頑張らなきゃ。

2013年9月7日土曜日

演出と画の勉強・と駿さん

演出チェックの実務として、何度書いたか判らないけど画の描けない演出でもパースの基礎は憶えておくべきだと思う。アイレベルをどこに置きたいか指示するだけで美術さんに原図修正をお願い出来たりする事も有るし、基礎的な知識だけでチェックがむちゃくちゃ楽になると思う。
けど、、、勉強してないひといっぱいいる。
クロッキーとかもやると人間のプロポーションが描けるようになるだけで、演技の指示とか楽になると思う。
服とか顔とか描かなくても指示できることが沢山増える、、、のだけど。

ところで駿さんはとても清々しい顔をしてましたね。
鈴木さんの方がちょっと歳をとった感じがしました。
でもきっと色々な面白いことをこれからもやってくれるんだろうと思います。
好事家ですから。

2013年8月21日水曜日

コンテで記入する尺


gootooh さんのコメント...
「いつも目から鱗を落としてます。

技術的な所で質問が浮かんだので、いつかご回答頂けると信じつつ質問させてください!

絵コンテ用紙に時間を記入する項目が必ず付いていると思いますが、どの程度の精度を目指すとプロレベルと言えますか?

おそらく撮影時(?)や編集時(?)などで調整されるのだろうと思っているのですが、絵コンテの段階からかなりシビアに計っているのでしょうか??

用紙には○秒+○f(○○fps)とかお膳立てしているものもあるので、フレーム単位でシビアに切っているのでしょうか??

何かヒントを頂きたい気持ちでいます。
よろしくお願いします!」

という質問をいただきましたので答えます。

単刀直入にいいますと「ざっくり」です。
4分の1秒単位くらいまでは、何となく決める事は出来ると思いますが私の場合コンテの尺はあくまで目安
くらいにしか捉えていません。
机の上だけで正確に尺をとるのは限度が有ります。
アニメの場合コンテを描いた人と実際演出をする人が違う事がありますが、私が人の描いたコンテを演出する
時はかなり尺を変えてしまう時が有ります。
理由は色々なのですが、コンテマンが緩めに尺を取っている場合あるいはその逆、アニメーターが芝居を膨らませてきて尺が伸びる、逆にアニメーターが上手くないので芝居をシンプルにしなければいけなくなって尺が縮む、映像全体のテンポ感の調整(ゆったりしたシーンをちゃんとゆったりさせる・なるべく編集前にちょうせいする)、等々その場の判断で尺を調整しなければいけません。
で、コンテではどの程度尺を細かく決めてあげればいいかというとコンテを見る人、監督・作業する演出家に意図が伝わればいいということになります。
凄く長いカットやカメラワークが絡んだカットの時、総尺だけ書いてあっても解らない事が有るので、この画までは何秒とか、このPANは何秒とか括弧でくくって書き込んでおいたりします。
ジブリのものなど書籍になってるコンテでもそれは確認できるのでは無いかと思います。

実例をざっくりですがつくってみました。





2013年8月11日日曜日

技術と伝えたい事

技術はあるにこしたことはない、けど伝えたい事を伝えるために必要十分な分あればいいともいえる。
伝えたい事を伝えるためにどのくらいの技術が必要なのか。
技術に余裕が有ると細かいニュアンスは伝わるかもしれない。
しかし、技術を極めていくと少し前に進むためのエネルギーはどんどん膨大になっていく。
その少し技術を上げるために必要な努力の時間とかお金とかが、どの位の費用対効果かを見極めるのはなかなかに難しい。
個人的には表現をどんどんHiFiにするために時間を費やすよりは、伝えたい事を増やすために時間をなるべく使うようにしたい。
時代はどんどんHiFiになっていく(画質・音質etc)けど器がどんなに良くなっても中身が伴わないと意味ないから。(どこまでが器で、どこまでが中身か判別が難しいという問題もあるけど)
音楽でいうとポップスみたいな大衆娯楽に自分のつくるものも入ると思うけど、そういうジャンルであれば尚更、完成度より大事なことがある気がする。
自分の発想はなるべくシンプルな言葉から始めて肉付けしていく事が多い。
あんまりモヤモヤと抽象的なまま作り始めない娯楽に置いては大事…なんじゃないだろうか。
ポップカルチャーはやっぱり必要なんである。

…って書いてる文章が抽象的で解りにくいか。。。

2013年8月9日金曜日

久しぶりの人

大人になると友達ともなかなか会う機会が減り、10年ぶりに会うとかそんなこともある。

でも、会いたい人なら会えないよりいいので10年ぶりでも再会できるのは喜ばしい。


へたすると亡くなってしまって会えないなんてこともある。


会いたい人なんてそれほど沢山はいないけど、ごくたまにだとしても会う様に努力したい。


忙しくても好きな人と会うのはとてもモチベーションがあがる。


若い頃みたいに誰かとつながってないと不安でしょうがない、ということはまったくないので2、3年に1度くらいは会いたい人会えるといいなと思う。

2013年7月31日水曜日

ふ〜〜〜〜〜っ

肩に乗ってたでっかい荷物が下ろせそうだ。よかった〜〜〜〜〜。
政治はしんどいなぁ…

2013年7月28日日曜日

またしても愚痴

何を信じて良いのか判らない異様な状況。
悪意が無いというのは救いなのか…
投げ出せば楽なのだがまだ出来ぬ。
頭を空にして粛々と事に身を任せるしか
ない。

2013年7月23日火曜日

風立ちぬ

そういえば観たのでした。
個人的にはテクニカルなところで2つ気になった事がありました。「子供をお客として想定してない」「浮かんだイメージをあまり削がずにつくっている」という2点です。
子供が見ることを想定してないと言うのはテーマの部分で、話の筋自体は非常に判りやすいし、語り口も一応判りやすいので、かなり決意を持ってこの題材を選んだのだなというのが伝わってきました。
語り口も一応判りやすい、と言ったのは2点目の事と関わっています。
多分編集で切ろうと思ったら、後20分位切れそうだったし、実際切ったらもっと観やすい映画になったと思います。しかし、ここも敢えて切ってない。人に何を言われようと切らないぞ、という決意みたいなものを感じました。それは、これが遺作になっても構わないという思いとむすびついてるからだと思います。
個人的にはですが、この2点が今迄の作品とイメージを違わせている大きな要素なのかなと思いました。
粗探しをすれば、色々できるし賛否が真っ二つに分かれそうですが、本当にこれが遺作になっても構わないというような決意を感じさせる作品なので、迷ってるなら観ておいた方が良いと思います。


どうにも

体が2つ3つあればいいんですけどね。う〜〜ん。物理的限界を超えた仕事ってどうすれば…しばらく更新できなさそう。

2013年7月14日日曜日

夏番とか

2008年の11月にこのブログ書き始めたので5年近くたったんだなぁ。
マメに更新はしてないけど、良く続いてるもんだ…
スタジオの皆でビールでも飲みにいきたい気分ですが暇を見つけるのがなかなか難しい昨今。えいやっと無理矢理にでも決めないと足並み揃わないんです。
最近は若い人はお酒を嗜む人が減ってるイメージもありますね。
お酒に金を使うなら他に欲しいもの有るよってことでしょうか。
お金無い時は先輩にたかればいいとおもいます。。。
私もどれだけおごってもらったことやら。
お酒がなくとも皆で御飯食べにいったりしてコミュニケーション計るのはよいことですね。本当は仕事の時間の中にみんなでくだらないこと話す時間がとれると良いんですが。

さて、夏新番が始まってますが何か面白いの有りましたか?
私は見切れてないですが、本数増えてスタッフの取り合いになってると思われますがその割には皆そこそこ健闘してる感じ。
スケジュールがもの凄く切迫してるという噂だった作品も何とか放送できてました。。。
人ごとながら肝が冷える感じでしたね。
この先はさらに本数増えるという噂ですので制作は大変だろうなあと思います。
随分景気は戻ってきたんでしょうけど、また減る時期がくると思うのでそこへ向けてコツコツいいものつくっていくしかないかなと思います。
今期はビッグタイトルは少ないかな?
佳作がでることを楽しみに見ます。

2013年7月10日水曜日

もう夏だなあ

いきなり暑くなりました。
年を食うにつれ冬よりは夏の方が体力が増進する気がするのは自分の体で熱が作れなくなってるってことなのかなぁ。
季節の変わり目は風邪を引き易いので気をつけないとですね。

2013年6月29日土曜日

う〜〜〜ん

大勢で作ってると色々な事が有りますなあ。
愚痴でした。

2013年6月28日金曜日

社会的って何?

あることでふと思ったのだけど、会社やお世話になった人なんかに義理立てして自分のやりたいこと我慢してる人って結構いるのだろうか?
あの作品やりたいけど、今の仕事はお世話になった人のだから最後までやらなきゃとか、会社やめたいけど今自分がやめると大変そうだからどうしよう?とか。
ことアニメ業界においては全てにおいて自分のやりたいことを優先すべし、と思う。
だって会社が自分の人生を100%面倒見てくれるなんてことはあり得ないし、恩人にしても大抵は新人を育てる中で自分の手伝いをしてもらったり何らかの利益はえているはずだし何より1人立ちして余裕が出たとき改めて恩を返すのでも良いと思う。
その人だって自分の事を一生面倒みれるはずはない。
1人でやっていける人イコール力の有る人なのだから、そうなるためには何をおしても自分の挑戦を最優先すべきだ。
サラリーマンの人などは未だに自分のやりたいことより組織優先みたいな人が多いのかもしれない。
しかし、組織が自分より優先する事が社会人・大人として当然のことだと思っているなら、一体いつの時代を生きてるんだと問いたい。
会社が一生やとってくれるなんて言う時代はとっくの昔に終わってるのだから。
ほんとに自分がその仕事をしたいのか。
それが生活のためでも沢山金が欲しいでも好きだからでも理由はなんでもいいけど自分の人生は1度しかないのだから、なるべく自分の気持ちに正直であるべきだ。
若い頃は特に仕事の選択肢なんてなかったりもするので自分のやりたいことをやるべきとかいわれても他に仕事ねえんだからやるしかないだろ、ということはまあ有ると思う。
でも、もし今の仕事に不満なら選択肢を広げるべく努力すべきだしチャンスを常に狙っているべきだと思う。
組織や現状の人間関係を気にしすぎるのは、単に大変な事から逃げるための口実になりかねない。
空気読まない人の方が出世はしやすい。
まったく空気読まないのがいいこととは思わないけど、あえて空気読まないで自分に忠実であることもとても大事だと思う。
周りに迷惑かけないのが大人、みたいな考えは幻想だ。
迷惑かけない人なんていないし、迷惑かけたってやる価値のある事は世の中にいくらでもある。
大人の扱い易い子供みたいな存在から卒業出来ない人は不幸だと思う。
自分の胸に手を当てて心の声に常に耳をすませて、それを人に伝える努力をすべきだ。
大人なら。

2013年6月24日月曜日

気負わずやろう

アニメ業界で生き残っていくのは大変といえば大変しかし緩いといえば大変緩い業界でも有ると思う。
積極的に自分のやりたい事を主張してた方がチャンスはやってきやすい。
チャンスをものにできるかは自分次第だけど、いつでも人手不足の業界なので再チャンスの機会もまた多いと思う。
ただ、積極的に動かないといいように使われて終わることも多い。
20代前半で監督になる人もいれば30過ぎてやっと演出という人もいる。
こと、演出に限った話をすると年齢は大きなハンデではない。
アニメーターほどに体力が重要でもなく人生経験は演出に深みをもたらすこともある。
とはいえ、早くなったほうが実作業の経験は沢山積めるのではあるが。
沢山経験を積んでる人が必ず上手いかというとそうでもないのが面白いところ。
一本一本全力投球である必要は無いのだが、課題をもって大事に取り組むのが重要。
漫然と仕事をしているだけの人とは自ずと差がついてくる。
お金にもある程度貪欲に。
もらえるものはなるべくもらおう。
あとは運なのかな。


2013年6月22日土曜日

循環

自分はあまりチャンスがめぐってこなかったから。若い人になるべくチャンスを回したい。ベテランは仕事が減るかもしれない。けど、若い人が出てこなかったら業界全体の元気はなくなってしまうから。自分の前にいるベテランは全て潰すくらいの勢いでいくしかない。そして自分もいつまで立っていられるのだろう…

2013年6月19日水曜日

最近読んだ本

錯覚学─知覚の謎を解く (集英社新書) 

という本面白かったです。簡潔にまとまっていて入門書としてはいいんじゃないでしょうか。アニメ作ってる人は興味深く読めると思います。

あっという間に読めると思います。

2013年6月15日土曜日

心が折れそうな夜もある

近田春夫が、人間1日一回くらいは死にたくなる、とか言ってましたがまあそうですよね。

いいこともあれば嫌なこともあるし疲れる事もある。


たいがい人生なんて大変だけど死んだら、たまにある面白いことに出会えなくなる。


そう思うと、まあもうちょっと頑張ろうかと思う。


貧乏性なのかな。

2013年6月10日月曜日

誰とは無く

スタッフがネット等で自作の欠点を指摘するような発言しないのは当然。自作を批評的に語るのは無理だし、そもそも自分達で作った作品の欠点を自分であげつらうようなスタッフのつくった作品を見たいと思うのか?

2013年6月9日日曜日

雑記

安彦さんの原画集をパラパラとめくりながら思ったりしたのは、最近は売れる絵柄のバリエーションが減ったなーとか紙と鉛筆ってやっぱりいいなぁとかスタンダードのフレームって四角いなぁとか。
ガシガシ鉛筆の腹でタッチをつけたりは最近は流行りませんがうまくやると面白いですね。
当時の原画さん動画さんにしてもあのタッチを再現するのは大変だったろうことは想像に難くないです。
今流行らないのは、やはり動画さんが上手くタッチを拾えないということは大きいと思います。
自分でもあまり上手くいったことないし。4Kテレビ登場と思ったら次は8Kの時代が来るとか。
デジタルでしか絵が描けなくなるのは忍びないので紙も残って欲しいです。
全然アニメを見る暇は無いですがポロポロと頑張ってる作品があるのは励まされます。
どのくらいセールスに結びつくのか解りませんが、チャレンジさせようというプロデューサーの意気込みは今凄く大事です。
でも作るのは本当大変だと思います。あの作品とかあの作品とか…売れるといいですね。
ああそうそう、最近の大きな話題といえば児童ポルノ法の改正についてですね。
はっきり反対ではありますが、表現の自由を担保するために実際の児童が被害を受けている訳ではないない漫画アニメを規制するのはけしからんという論法では世間を説得できないことは間違いないと思います。
まあ反対される方沢山いると思いますけど積極的な自主規制というか、売れる場所などを制限するとかして「ポルノを描いてはならぬ」という状況を回避するのが良いと個人的には思います。
被害児童がどうこうの話ではなく、まるでポルノでは無いような顔で売られているポルノがあるのが責められてるのは間違いないので。
しかし分が悪い闘いでしょうねぇ。
タバコが吸える場所が急速に減っていったのと状況は似てるかな。
漫画アニメの作り手受け手のモラルの問題なんでしょう。


2013年6月2日日曜日

ご予算

予算通りに作るというのはとっても難しい。
そもそもギリギリの予算の事が多いので制作費だけで利益を出すのはとても難しい。
赤字をなるべく出さない様にするのがギリギリ。
制作費的に赤でもビデオなどの売り上げで回収できる事もあるので、そこはプロデューサーの腕しだいでもあるのだが、制作費的に大赤字出して回収するのはなかなか辛いご時世なので制作費内で作るに越した事は無い。
作品の内容に見合わない(安い)予算でGOが出ている作品は辛いよなあと思う。
予算が出てても無駄に食いつぶすことはよくあるけれど…論外。
皆がそれなりに満足出来るようなギャラが出ているのかとか演出からだと見えにくい部分もあり、大変な作業を要求せざるを得ない時は心配になる。
しかし、そこは制作を信用するしかないのとスタッフに小まめにヒアリングしたりして気にするしか無い。
とはいえ、スタッフがそこそこ潤っても作品が売れなければ意味は無い。
次の仕事が無くなるだけだ。
作品の成功というのも一概にこうとは言えない。
制作委員会制度の場合、皆が儲かるに越した事はないけどなかなかそうもいかない。
ビデオメーカーが儲かるかどうかが次回作があるかどうかにつながることが基本的には多いけれども。
作品のクオリティーと予算のバランス、今は本当に難しいと思う。

2013年5月26日日曜日

恨まれ役

下っ端にしてみれば上の役職の人間は大体恨みたくなるようなもんである。
監督なんて一体どれだけの人間に恨まれていることやら。
しかし、監督より上の立場の人間もいて監督もまた、その人たちに「くそっ」と思ったりする。
しかし、そんな監督より偉い人たちより偉い人たちもいてきっと心の中で毒づかれている事だろう。
その人達より偉い人も、まあいるだろう。
さらに偉い人はいないかもしれないけど、その人が気にしなければいけない人たちはいる。
それはお客様だったりする。
ともかく、監督なんて恨まれてなんぼみたいなところもあるが、ただ恨まれっぱなしの人は仕事は来ないだろう。
苦労を押し付けられたとしても、それに見合う何かが渡せれば良い。
お金が沢山渡せればそれに越した事は無いがなかなか難しい。
仕事が続く事、これは頑張れば提供できる確率は高い。
次の作品が続く事は重要だ。
あとは名誉みたいなもの。
ああ、あの作品やってたんだ、と言われるような作品にすること。
これは、意外に重要。
その時は金にならなくても、次の仕事へのきっかけになったり、そこで得た高いスキルが次の現場で役に立つという事はある。
あと、意識の高い現場で得られる人脈は何物にも代え難かったりする。
でもほんとはやっぱり、余裕のある環境で皆がもの作りで切る様にしてあげたい。
ほんと難しいけど。

2013年5月22日水曜日

4Kテレビ

4Kテレビはうまくいくのだろうか?
解像度は今のHDの約4倍。
アニメのA4サイズに描いた絵などは線が荒れてしまって、デジタル作画に切り替えないと対応できないのは間違いない。
しかし、アニメに限らず実写のドラマにしても俳優さんの肌や化粧などが今以上に緻密に見えてしまうためにとてもじゃないけど耐えられないのじゃないだろうか。
撮影した映像に全てレタッチを加えるなどしないとほくろやらシミやら顕微鏡でのぞいたように見えてしまうに違いない。
コンテンツづくりにあまりに金がかかってしまうようだと4Kはうまくいかないかもしれない。
しかし、家電業界的には高精細がもっとも過去のテレビと差異化できる売りのポイントであるようなので相当必死に売ってくるだろう。
スマートテレビのようにネットとのアクセスをし易くするとかサービス方面の進化は日本の家電業界は興味があまり無い様に見受けられる。
技術の進化は行き止まりに感じられるのでサービスを追求してはどうかと思うのだが、メーカーの技術者達は飽くなき技術の追求から撤退できないのだろうか。
とはいえ、4Kは劇場などでは有用と思われるので4Kの技術が普及しないとは思えない。
大きな予算を使える作品は4Kを普通に要求されるようになるのじゃないだろうか。
一方中予算、低予算の作品は割り切ってむしろLo-Fiで手軽に見れるコンテンツを作る方向で2極かするかもしれない。
ほとんどの人間は低予算でアイデア勝負の世界で闘うことになるのかもしれない。

2013年5月16日木曜日

コメント返信:演出家になれる可能性

可能性というのは、演出家になれる道があるかと言う事と捉えて答えますと可能性自体はあるというか、演出家になる道もあちこちに転がっているのです。が、決まった道が無いのでなかなか此処にいけば演出家になれる可能性があるよ、という風に教えられません。今演出家になってる人はとにかく自分で道を探して必死に食らいついた結果であるといえます。どこにでも可能性はありますが、どの道も困難なのでチャンスを見つけた時になるべく逃さないための準備は必要です。

2013年5月12日日曜日

理不尽なようでも

演出家は特に監督職は作品が良ければ一番に褒められるし、悪ければ一番に叩かれる。
その主たる原因が自分にあろうがなかろうが金銭面以外の作品のクオリティーの責任者としてそれは当然ということになっている。
アニメの場合、監督職の下に各話演出というのがいて各話の演出家は担当話数のクオリティーの責任者となるわけである。
作画がダメでも制作がダメでも各話のクオリティーに関して一番に責められるのは統括する演出家である。
ここ直しといてと言ったにもかかわらず作画監督が直してくれなかった、、、というのは言い訳にはならない。もし作画監督にそんな事を言われた場合原因は2つ、あなたの要求が理不尽か作画監督の能力が足りないかだ。しかし、そのどちらでも責められるのは各話演出。対処の仕方も色々。新人演出でよくあるのは明らかに作画監督の処理能力を超えた直しの仕事を要求してしまう事。これを避けるには、制作的な対処を要求する(ダメなアニメーターの描いたカットを巻き直す・作画監督を増やす)か、絵描きの補助的役割を自分がする、の2通りが主な対処方法。絵描きの補助的役割は絵の描けない演出でも訓練次第である程度可能になる。遠近法など理屈に基づいた絵の技術、原画の入れ方なども参考書籍が現在はかなり豊富に出ているので初心者でもかなり勉強できると思う。
そして何より演出的な要求さえ最低限こなせていれば、かなりいい加減な絵でも気にならないものである。逆にどんなに緻密に描かれた絵でも演出的要求を満たしてない絵は何も伝えられない。
結局、制作が作画が脚本がと人のせいにする演出家はろくなのがいない、と思う。
もちろん本当に最高のものは1人では出来ない。けれど、そこそこの品質は演出家一人で作れる。そのくらい演出の技術は大きい。
演出家はそのくらいシビアな要求をされてるんだという認識のない人が結構いるのが辛い。
監督になるような人はやっぱりその辺りがとてもシビアで、どんな手を使ってもクオリティーをあげようとあがく。
必要以上のクオリティーを求める人は、それはそれでダメだけれど、ゆるい人はまず成功しない。

2013年4月28日日曜日

わかりやすく描いて欲しい

コンテは始め・真ん中・終わりと3枚の画くらい描いて欲しいと思うのだけどなかなか描いてくれる人は少ない。もちろん3枚も画を描かなくていい場合も沢山あるんだけど、前のカットのラストのポーズから次のカットの頭のポーズがどうやってつながっているのか解らないというようなコンテを描いてくる人は存外少なくない。
これは基本的なコンテの役割を理解していないということなんだけど、一体誰に教わったんだんだと問いただしたくなる。いや、教わってない…というパターンが多いと思うのですが。知らない人が見てもカットとカットのつながりが解る様に描くって極基本だと思うのだけど年齢に関係なく出来てない人沢山いるんですよね。コンテが面白いとか面白くないとか以前の問題なんです。ただ、カットのつながりがきちんと解り易く描いてあるからといって面白いコンテであるとは限らないところがまたやっかいなんですけど…
ぐちを続けて書いてしまいました。

2013年4月22日月曜日

コンテ

カットの始まり、真ん中、終わりの絵位はコンテで書いて欲しいと思うのは僕だけなのだろうか。最近いい加減な絵の人増えた気がします。
コンテの基礎知らなさすぎなんじゃ…。
といいつつも昔の自分も…出来てなかったなぁ。
反省。

現実との接点

現実の何かを想起させない虚構の物語はつまらないと思うんですけどね。
現実と何らかの接点が無いとなかなか興味がわかないです。
新聞やテレビのニュースを見ちゃうのってどんなに接点がなさそうな事件でも、それがげんじつのなかで起ったからですよね。
それでもあまりにも遠い世界の事って追いかけ続けるのは大変。
虚構なんてそもそも現実じゃないのだから何らかの接点を作ってあげないと。
現実と何ら関係のない物語が機能することがあるのは生理的な快感がある場合ですね。
例えばエロとかアクションとか。
しかし、生理的な刺激は単純なので長時間の尺はいらないです。
飽きちゃうので。

2013年4月1日月曜日

永久映像

映像は一度つくってしまうと基本的には二度と変わるとはない。ネットを眺めていて面白いなあと思うのは、リアルタイムにどんどん情報が変化していくところ。Twitterなんかはその際たるもので、たいして大きな情報がなくても小さな変化が延々と続くのでついつい見入ってしまう。時系列で延々と更新され続ける映像・物語があったら、やっぱり見続けてしまうかもしれない。ニュースなんかそういうものかもね。ドラマの「24」が話の区切りなく永遠放送されていたら皆観るのかな?話についていけなくて飽きてしまうかもしれない。現実のニュースを追っかけ続けるのが大変なのと一緒で。

2013年3月18日月曜日

色々やりたいけど…

Low-Fiなもので収益を上げられるロールモデルをつくってみたいのだが、しばらくは目の前のことでいっぱいいっぱいかな。漫画も売れない世の中だが娯楽が必要ないというわけもない。大きく物事が変わるのはまだ先なのかもしれないけどそのための種はせっせと仕込んでおかないとね。
それにしてもディズニーが結局手描きアニメを捨てたのは大きな出来事だ。結局日本以外では細々としか制作されない状況はなかなか変わりそうにない。

2013年3月10日日曜日

アイドルアニメ花盛り

アイドルブームに乗っかってアニメも色々。
対象年齢にもよるけど、大きくは現実のアイドルに近い表現をするか魔法少女ものみたいなファンタジー要素が大きく入ってるかの2択。
子供向けのものはリアルに寄り過ぎると見てもらえなさそうだからファンタジー要素が濃くなるのだろう。
青年向けは逆にある程度現実のアイドルに近くないとリアリティを感じてもらえないから重たいネタも必要になってくるのだと思う。
これだけ沢山あるとネタが被ってくるのも避けられないし見せ方の工夫が難しそうですなあ。
現実のアイドルブームがどこまでつづくか解らないけど若い子が唄って踊るというのは老若男女に元気を与えるんでしょう。世の中大変ですからね。
男の子アイドルのアニメが増えないのは売れないってことなんだろうか?
アイドルは現代の魔法少女なのは間違いないですね。

2013年2月22日金曜日

雑記

下を見たら奈落へ真っ逆さま…な気分。もうしばらくは前だけ見ていくしかない。

2013年2月20日水曜日

愚痴

自分の担いでる大きな袋。ひとつ繕ったと思ったら別の場所が破れてる。中に入れてる荷物の大きさが最初から袋より大きいのは解ってた。最初に比べれば随分綻びは無くなった。ただ荷物を支える要と思っていたところに綻びが見つかって、もしかしたら交換しないといけないかもしれない。布自体に寿命がきたわけではない。パーツをつなぐ糸が切れかかっているのに気づかなかった。綻びに気づいている人間はいたのだが他の大きな綻びに気を取られて、まだもつだろうと甘く見積もっていた。という感じかな、今の状況は。

2013年2月12日火曜日

コンテの詳細さ

絵コンテをどの位詳細に書くかというのは人によってまちまち。
画に関しては、アニメーター上がりの人はレイアウトを凄く詳細に描いたり動きも原画に近いような画を入れる人もいる。
しかし限られた時間の中では、なるべくポイントを絞ってあげないと終わらないけれども最低限この位というのもある。
まずは、表情変化。
台詞の長さに対して明らかに表情変化の指示が足りない人がいる。
もちろん長台詞でもあまり表情変化のいらない場合もあるが台詞を解析して表情変化がいるのかいらないのかはしっかり判断する必要がある。
芝居(動き)の場合。
カットのスタートポーズの指示。これは容易に想像できる場合いらないこともある。
前のカットと写っている人物が直つながりしている場合カット頭で動きがあったとしても容易に想像がつくので描かなくても解る事がある。
しかし、コンテでスタートの指示が無いために原画マンが表情をつなぎ忘れるなどということもあり場合によって注意が必要。
失敗が重大なミスにつながるような情報は必ずコンテで指示したい。(何が重大なミスにつながるかというのは経験がものを言う事が多いけれど…)
間の芝居(動き)は、当たり前だけど最低限この芝居は必要というものは描かなければならない。しかしどの程度必要かというのは、慣れないうちはなるべく詳細に描いて経験を積んでここは省略しても大丈夫だなというようなツボを掴んで行くしか無い気がする。
なるべく自分の描いたコンテは自分で演出する事によって何が足りないのか無駄なのか解る様になると思う。
カットのラストの画。
編集的にここまでは必要という画がわかるような指示が欲しい。
これも動きの中で容易に想像がつく場合、「フレームアウト」などの言葉で済む時もあるし場合による。
画の足りないコンテマンの傾向として、アニメーターあがりなど画が描ける人の場合「面倒なので描かない」「芝居・編集を理解していない」などの理由がありそうだ。
画の書けない人の場合「画を沢山描いていると時間がかかりすぎてしまう」「そもそも描きたい絵がかけない」など。
そのうち詳細を検討してみたい。

2013年1月25日金曜日

さむむむ

ちまちま書こうと思いつつ、さっぱり更新できない今日この頃。
本当に寒いですね。
しかし、日は大分長くなってきたので、早くあたたかくなって欲しいです。
夜の作業は寒いとつらいのです(ーー;