2011年2月28日月曜日

人材育成

そういえば、JANICA主催のアニメーター育成事業は人を育てることそのものも目的であるが、他にアニメの人材育成について文化庁がデータを収集するという目的があったようだ。私もちょっと勘違いしてた。確かにそういうデータを蓄積するのは良いことと思う。色んな会社の人材育成法が比較検討されたり、というのは結構すぐに役に立つ気がする。人を育てる余裕のない会社も山ほどあるけれど。

業界団体

アニメ業界は今マーケットの規模が頭打ち。その中で職人たちが利益配分を争っても不毛だ。市場規模そのものを大きくしたり業界の権益の構造を変革する方策を考えていきたい。でも日本の政治とも関わってくるので大変。変革が行われればついて行けない人が多数でると思うのでセーフティネットとかしっかり用意されてないと。政治…難しいけど、ある程度のスピード感をもってやらないとアニメ業界も日本も沈んじゃいそう。

2011年2月25日金曜日

修正…修正…また修正…

作品の合格ラインは最終的には監督などのメインスタッフしか決められない。と、思う。とはいえ、そこに行き着くまでに様々な人間が関わる。善かれ、と思ってしたことが後からメインスタッフにNGを出される、NGといわないまでも修正を加えられることは非常に日常的だ。下手だから直す、という時ももちろんあるが上手い人でも作品の方向性と違うということで直されたりする。直されることが嫌な人(特に絵描き)はアニメの仕事は苦痛かもしれない。最近のアニメは特に作品の統一感を重視するものが多く、絵柄にある程度の幅があってもいいものは少ない。演出にしても良い悪いは別にしてコンテを全部直しちゃう監督はいる。そこまで直すなら全部自分でやればいいのだが、下書きがあるのとないのでは大違いで、下書きがあるからこそ直せている場合がほとんどだ。そういう意味では直してる方も自分で一から作り起こす快感は無い。メインスタッフは最終的なクオリティーを担保しなければいけないので、自分はいいと思ってもクライアントなどとの協定上直しをいれるこもある。アニメの制作現場は船頭がとても多い。なるべく少人数で制作できるとこういうストレスも減るとは思うけど現状は難しい。かな…

2011年2月17日木曜日

段取り芝居

例えばA地点からB地点に誰かが走る時、映像としてどこまで見せるか。というような事をコンテの時はよく考える。校舎の3階の教室から1階の教室まで移動するような場合、移動の過程で先輩に声をかけられるなどのイベントがなければ過程を見せなくても想像がつくので映像の省略が可能だ。階段を降りる、廊下を歩くという何気ない芝居もアニメの場合結構手間がかかるので、テレビアニメの場合「段取り芝居」といわれて省略されがち。極端にいうと三階の教室を出るところまで映像を見せて、次に目的地の教室の入り口にやってくるところへ繋ぐような感じで省略する。実際はもう少し違う方法でなるべく省略を感じさせないようにやる。段取り芝居、などとネガティブな名前で呼ばれているがこういう芝居を丁寧なやるとどういう効果が得られるかというと、観客が映像の人物が生きている時間と同じ時間を感じられやすい。逆に省略していくと劇的な感じは増すが日常感みたいなものは出にくい。省略するもしないも一長一短なので状況に合わせていかに的確に使い分けられるかが肝要です。

2011年2月15日火曜日

やっぱり不況…

どうもかなり業界の景気は冷え込んでるみたいで、去年よりマシにはなった感じですが新人さんには結構厳しい状況が続きそうです。こんな時生き残るにはなるべく来る仕事は断らずにやるしかないですが、支払いの遅延している会社もあるようなので御注意を。この手の情報はあっという間に広がるので注意してれば大丈夫だと思うのですが。仕事が無いとはいっても若い演出さんはなるべくテレビシリーズの仕事をすることをお勧めします。劇場や一部のビデオなど長期の仕事は名前が出るまでに時間もかかるし、制作との繋がりも増えにくく、かなり任せてもらえるテレビシリーズの方が演出の経験としても貴重だとおもいます。量も若いうちに沢山仕事したほうがいいと思うので、ギャラが良くても長期の仕事はお勧めしません。自分が監督でない限りは。仕事ない時期ほど良い人に仕事がいくので、この時期誰かの信用を勝ち得たなら、あとで大きな財産になると思います。って、ここを読んでる新人演出なんているのかしら?

2011年2月14日月曜日

プロップデザイン

コメントがついてたので、お答えしますと、基本的には小物のデザインです。作品によって小物といっても色々あると思いますが、銃器とか食器、バッグ、鞄、装身具などがよくある物でしょうか。作品の中で繰り返し使われる物は世界観の統一とアニメーターの負担を減らすために専門のデザイナーをたてるのです。その場限りしか出てこない小物などは、担当のアニメーターにおまかせする事もあります。おまかせにしても資料の写真を渡したりすることが多いです。最近は結構膨大な量の小物が出てくる事があるので大変です。

2011年2月13日日曜日

デザイン

アニメの中に出てくるデザイン物、例えば新聞、雑誌、広告、お店の看板など、本当はプロのデザイナーに頼みたいところだけど、ちゃんと頼んでる作品は少ない。昔に比べればパソコンで作れる分ましになったが、当たり前だけどプロには及ばない。しかし、ちょっとしたデザインをちゃんとやってあるかないかで、作品のお洒落度は結構違って見える。よく見るとアニメの中にも沢山のデザインが出てくるのだけど、これは日常生活の中にもデザインが溢れてるってことだ。日常的に目にする物だからこそ、ショボいと気になってしまう。とはいえ、なかなかデザイナーに頼むところまではいけないんだよなあ。

2011年2月10日木曜日

助成してくれるなら

JANICAの新人育成プログラムが、完成したようだが、国の支援を受けて何かやるならデジタル作画の制作システムの開発を支援して欲しい。人を育てるよりはアーキテクチャの整備は確実に成果が出るのではないだろうか。あるいはデジタル作画のインフラ整備のお金を支援するとか。作画のデジタル化はもはや避けて通れないはず。あわよくば高いアドビのソフトを使わなくてもデジタル制作だきるようになれば随分なコスト削減になるのだが…それはむつかしいか。

2011年2月9日水曜日

斜陽なのかな…

基本的に商業アニメは芸術ではない。と、思っている。娯楽である。稀に芸術としかいいようもない作品がうまれることはあるかもしれないが、そういうところへ持っていける場合は稀で最初から芸術であることを志向してつくられる作品は、ほぼ無いのではなかろうか。娯楽だからといって、いい加減に作っている訳ではない。上質なもの、あわよくば芸術の域へ、とも思っている。アニメを取り巻く状況は大きく変わってきている。日本の大事なコンテンツ産業だという割には売れてもいないし当然儲かってもいない。ビデオグラムで売れ筋はやはりギャルものなので、メーカー主導の企画であればほぼそこへ行き着く。TV放映で評判が良かったからといってビデオは売れない。見て楽しい、と所有したい、が乖離している。価格設定が買える金額になっていないのが大きな原因であるとおもう。しかし、安くして儲かるのかというと儲からない。日本の市場はほぼ飽和状態なので数を売るには世界を相手にするしかないだろう。それには、日本語の壁やギャルもののようなポルノの問題が横たわっている。インターネットとの付き合いもまた難しい問題を孕んでいる。テレビにしろネットにしろ放映したものが複製されアップロードされていくということをどう考えるのか。音楽のようにライブというものが存在しない映像コンテンツにとっては重要な問題だ。アニメは娯楽としてさえ存亡の危機にある。色々な問題を解決するには構造を変えていくしかないんだろう。自分の頭の中もきっと変えないといけない。アニメの世界に限ったことではないけれど、ここ数年で大きく何か変わらざるを得ない気がする。良い方向に向けばいいけれども。