2011年1月30日日曜日

絵が描けなくても

絵の描けない演出が絵をコントロールしていくのは大変です。その時重要なのは、やはり言葉になります。演出意図が言葉としてハッキリしている事が大事です。例えば、あるキャラクターが緊張してドキドキしているというのを表現したい時、それをどう表すかという方法は様々です。
そもそも、ドキドキしているという心の動きを日常で人から読み取るのは結構難しい事が多いでしょう。何故なら緊張というのは、そもそも抑え込みたい情動なので積極的に相手に向かって表現される事はないからです。もちろんそれでも漏れてくる場合はありますが、ドラマの場合、本来押し隠しているものをあえて人につたえなければいけないということがままあります。ドラマの中の相手には伝わらないけど、お客さんには解らせる。やり方は沢山あって、どれを選択するかが演出になります。
緊張の表現でいうと、例えば頬を染める。手に力が入る。頭を掻く。目線が定まらない。等々、緊張した時にする仕草は山ほどあります。さらに、その強弱など。あるいは、その場では緊張した素振りを見せなかったのに、終わってしばらくして溜息をつくとか。ちょっと考えてみただけでも色々出てきますが、こうやって言葉にしていくと絵を描く人にブレずに自分の表現したいものを伝えていく事ができますし、また自分の意図と違うものをハッキリ指摘する事ができます。演出意図といっても抽象的なイメージだけでは駄目で具体的イメージを重ねる事によって抽象的な事を表現していくというのが大事です。

2011年1月22日土曜日

演出になりたての頃は、タイムシートで切った尺をメモしたり、動画枚数一生懸命数えたりしていた。けど、最近は勘で大体解るようになって特に尺は大体自分の想定通りに収まってしまう。フィルム編集の時は尺が長すぎたり短すぎたりすると、もう一度撮影をやり直さなければいけなかつたので、なるべく失敗したくないという思いもあった。いまは編集もデジタル化してしまって、撮影し直さなくても編集で何とかなる事が多く、昔の緊張感は無くなってしまったかもしれない。とはいえ、経験によって失敗が少なくなった事は事実でコンテのカット尺を一目みれば長すぎたり短すぎたりはすぐ解る。どうして解るのかは、やはり経験と言う以外にない。もちろんセリフ量とか芝居をみてカット尺か適当か判断するわけだけど説明するには要素が膨大すぎる。やはり身体訓練は色んなものを与えてくれて、数をこなす事は大事な気がする。もちろんじっくり考えてやるような仕事もたまにはやるべきだが、(特に演出の場合)あまり長いスパンの仕事はやってる間、全く名前が出ないので若い人には向かないかもしれない。沢山仕事をしても全てやりつくせるということはないので、常に目の前に新しい何かはある。歳をくってもなるべく新しい事に挑戦してみたい。勘で出来ない何かに。

2011年1月9日日曜日

わかるんだけど…

ついついネガティブ発言をしちゃう人っているんですけど(アニメーターに多い)悪気はなくとも現場の士気を下げちゃうんですよね。アニメに限った話ではないと思うんだけどチームで仕事してる時、特にメインに近いスタッフや年長者がそういう発言を連発するとあからさまに雰囲気が悪くなっちゃう。まっとうな事を言ってても言い方で伝わらないこともあるし難しいです。中間管理職たる演出は弱音や愚痴を言う時も言葉や相手や場所を選ばないといかんですね。

2011年1月1日土曜日

新年明けましておめでとうございます

これから数年アニメーションを取り巻く環境は激変するだろう、いやしなかったとしたら終わるんじゃないか?そんなことを思いつつ年が明けた。自分にできることをやっていこうと思う。新しいこと始めよう。
アニメ業界が朽ち果ててもアニメは無くならない。