2010年11月30日火曜日

コンテの書き写し

練習でコンテの書き写しをやってる人がいますが、ちょっと落とし穴があるんじゃないかと思います。売られているのは大体がアニメーター出身の絵のうまい人のコンテですが、うまい絵のコンテは一枚の絵の完成度ばかり目に付いて、コンテの要素を見失いがちなんじゃないでしょうか。なので、書き写す時、あえて簡単な略画にして書き写してみたらいいと思います。そうすることで、絵の要素を分解して考えることが出来て、情報として何が重要なのかもみえてきやすいと思います。

2010年11月28日日曜日

非実在…の件

また非実在青少年健全育成条例改正案が提出されてますけど、この法案の是非はともかく法案に賛成の人たちのような考えは消せないだろう。自分たちの見たくないものを規制しようとする動きは。アニメもタバコと同じ扱いで規制されかねない。タバコを吸いたくない人たちと同じに、ポルノの様なアニメは見たく無い、という人はいて当然だと思う。だって、作ってる方だって、これ大丈夫なの?と思いながらつくってることはままあるのだから。自分の子供に裸の女の子が出るようなアニメは見せたくないという人たちと、どのように折り合っていくかというのは真摯に考えるべきと思う。表現を法律で規制するのは反対だが、表現する方も、それなりの作法を考えないと廃れていくだろう。

2010年11月15日月曜日

メソッド化

演出にしろアニメートにしろ体系的な教授法を作ることはできるのか?というのは重要な問題だけれども、アニメ業界においてはもっぱら口伝が中心なのかなと思います。音楽なんかだとメソッドというのは(良し悪しは別として)かなり活用されている感がありますが、映画なんかはどの程度のもんなのか?ちょっと自分は詳しくないですが日本の大学では、演出だとこういうメソッドがあるぜという話は聞いたこと無いです。ハリウッドなんかの教育方法はどうなってるんでしょうね?日本だと能とか歌舞伎とか伝統芸能の世界はメソッドがあるんじゃないかと思いますが、文献にはなってないのかも。風姿花伝とか、これ以上は文章では無理なので口伝でみたいな事がいっぱいかいてあるし。昔は印刷技術が発達してなかったからという事情もあると思うんですけど、今だったらもっと詳しいのが書けるんじゃないかと思うんですが。幼少時はまずこういう訓練をして…とか。映画理論とか文献は沢山あるんですけど、どれとどれが基礎教養みたいなのも解りにくいかも。エイゼンシュタインのモンタージュ理論くらいは、さらっとやるのかな?私まともに読んで無いですけども(^^;
認知心理とか割と科学的な方向からのアプローチはちょっと少ない気がしますね。イマジナリーラインが発生する理由とか科学的に語れそうな気がするけど。デッサン上達するためには解剖学やるとか。効率よく教え学ぶための何かは必要かもしれませんねえ。

2010年11月7日日曜日

クロノス時間カイロス時間

クロノス時間とは時計で時計で測れるような物理的時間のことでカイロス時間とは「時熟」と訳されるギリシャ語で人間的時間を指すそうですが(斉藤環「戦闘美少女の精神分析」より)アニメにおいては、もっぱらカイロス時間が支配しているのかもしれません。カイロス時間は友達と楽しく遊んでいるとあっという間に時が過ぎていく、というような感覚的時間を表現しているようですが、映画とかアニメでいうとスローモーションがその最たる表現です。が、アニメの場合特にという気がしますが、編集されている映像の構成全体が実時間より感覚的な時間の表現に主眼に置かれている気がします。アニメの演出はセリフのテンポ(セリフ自体の長さというよりセリフとセリフの間)は基本的に演出家が決め込んでしまわけですが画の情報量の少なさなどもあって、実際の人間がしゃべるような間だと遅く感じることが多いです。だからといってポンポンとしゃべらせ過ぎると観客が意味をかみ砕く余韻が無く、せわしなくなってしまいます。音と言うのはとても現実的な時間を有していますからクロノス時間に従属してると言えるでしょう。音のスローモーションて普段知覚すること無いですもんね。一方視覚の方は割と自在に伸び縮しやすいのではないかと、それは結構体感できるのではないかという気がします。しかし、アニメにおいては基本的には音は画に従属するものですから、画の方の時間に影響を受けます。アニメも映像表現の端くれですから基本的には映像の時間が表現の主眼に置かれるわけで、やはりカイロス時間に支配されやすいのではないかという気がします。映像のテンポだけで編集した時に、音を付けると全然カットの尺が足りないなんてことがたまにありますけど。映像の編集という作業は基本的に実時間の伸縮を操る作業ですから、編集という作業を通った映像は、すべからくカイロス時間に支配されているといってもいいのかもしれません。

2010年11月3日水曜日

紙の大きさ

地デジ化に向けてほとんどの作品がHDで制作されるようになったと思いますが、紙の大きさを大きくしようとかいう話をポツリと耳にしたりします。しかし、紙を大きくするとしても劇場と同じにするくらいでしょう。確かに今、大型のチェックモニターなどでみるとロングのキャラなどディティールがつぶれていたりするのが目立ち易くはなってます。今は拡大作画で対処しているの場合がほとんどだと思いますが、結局画面だとすごく小さくなるのに…とおもうこともしばしば。上手な人が描けばディティールが簡略化されていても絵として成立する場合も多いやにおもいます、あと色にも左右されますね。それにしても紙を大きくしたところで今の大画面テレビにかかれば何倍にもされちゃうわけで、きっとさらに細かいところが目につくようになるのではないかという気がして仕方ないです。今一番根本的な解決策だと思われるのは作画を完全にデジタル化することですが、機材や人を育てたりするのにかなり金はかかりそうです。つぎは3Dという大物も待ってますし、どうなっていくんでしょうかねえ?