2010年9月11日土曜日

エヴァともののけ2

書き出してはみたものの、何か大したことを分析できるはずもなく、当時の気分を整理するくらいのものでしかないなあ…世の中の師匠と弟子って大概愛憎入り混じってるもので宮崎さん庵野さんも例外ではないと思いますが、特に二人はあえて同じテーマで作らなくても作れるような立場にある作家で特に宮崎さんが多分庵野さんの作っているものを知っていたであろうに、あえて同じようなモチーフをぶつけたのが重要で、もしかしてエヴァの話はあえて知らないようにしていたのかもしれないけど自分は知っててあえてのことなんじゃないかと推測してた。エヴァはジブリでもグロスで受けてたので全く話を知らないってことはないんじゃないかと邪推してみたけど判りません。なにかそういうこと話してる本あるかもしれませんが。あの2作品にまつわる本の量たるや…ですから。
なんにせよ、宮崎さんはああいう主人公でやるしかない!と思いこんでアシタカを作ったに決まっているのですから、そう仕向けた時代の空気みたいなものは今でも分析する価値はあるでしょう。
一方エヴァを作った庵野さんは感覚というよりは知性というか非常に考え抜いてエヴァという箱をつくった。テレビの最終回を見た時もああやっぱりという感じで特に違和感もなかった。エヴァという何をやっても畳みこめるような抽象的な箱はだから形を変えて今も存在する。確かにあの頃の庵野さんは精神的に参っていたようだけど、そんな自分も徹底して客観視して畳みこんだのがエヴァで、そういう意味で宮崎さんよりは随分クールに時代を眺めていたのかもしれない。宮崎さんは、いつものごとく真正面から挑んで、もののけ姫になったにちがいない。
自分の主観でしかないけど、紅の豚辺りからどういう物語を紡いでいくべきか宮崎さんはすごく迷っていたと思う。(悩んでいたのは宮崎駿だけでは無い、物語不遇の時代だった。)もののけは宮崎さんにとって乗り越えなきぃけない時代の要請したテーマだったに違いない。庵野さんにとってもまたそうであったろう。出来あがったものは全然違うけども。

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