2009年11月30日月曜日

スピード感

アニメが一番不得意なのが製作のスピード感とアドリブ。フラッシュアニメは割とここら辺が既存のセルアニメより強い気がする。シナリオを練ったりする時間は削りようがないかもしれないが、絵を作る時間は大分スピードアップできるのかもしれない。とはいえ、手描きで貫こうとするとセルアニメと同じ時間がかかるので新しい表現を模索しないといけないとは思う。自主製作などではかなり完成度の高いものがあるので、人材さえ揃えば商業的にもいけそうな気はする。自分でも色々試して見たいと思う。

2009年11月23日月曜日

地味系の生き方

うまくても有名になれる人はごくわずか。有名になるのは良くも悪くも目立つので性に合わない人も多々いるだろうし。
業界にいるとこの人こんなにうまいのになぜ有名じゃないんだろうという人がごろごろいる。
それぞれ色んな理由で地味なポジションにとどまっているのだとは思うが、そういうポジションの人は確実に必要なのである。
アニメと言うのは何せ人手のかかる手法なのだが、1番手を見つけるより2番手3番手あたりの人材を確保するのが格段に難しい。若い人は当然上を目指したいし、ある程度才能があるといいポジションへいけるような現場を探してどんどん出ていくし、それは正しいと思う。
で、かなりの実力をつけたところで大成功できるかと言えば、そいううことはなく、やはり大成功するのは一握りの人でしかない。
しかし、突出した人だけでは作品はできないのが面白いところで無数の縁の下の力持ちの存在が必要だ。地味であっても必要とされる場所はたくさんある。
ただ、現状地味な仕事をしているスタッフたちに相応の対価を払えているかと言うと十分とはとても言えないだろう。実はこういう地味なスタッフを確保し続けることが一番お金がかかるから。
 アニメを産業として維持し続けたいなら、こういう人をいかに支えるかがカギなのかもしれない。

2009年11月13日金曜日

キャラクターと抽象性

アニメのキャラクターは、どこまでいっても人間の役者に比べれば格段に抽象性が高い。かなり、リアルな画風であったとしても、当たり前だが絵であれば人間ほどの具象性は持ち得ない。3DCGなどでは本物の人間と見紛うようなものもできつつあるが手描きでは限界がある。だがCGがお手軽になると手描きが廃れるかというと、そうでもない気はする。なぜかというと、いまCGでつくられているキャラクターを見ると、いかに抽象性を保つかに苦心しているようにみえるからだ。手描きの味をいかに3Dで再現するか研究しているチームや作品もたくさんある。リアルな人間に近付けるのは色んな意味でまだかなり難しいのでマンガ的キャラクターの再現から始めているという側面はあると思うがそれだけではないだろう。ある
程度の抽象性を持ったキャラクターが普遍的に必要とされているんではないだろうか。だとしたらまだ手描きアニメにもやるべき仕事は残っているに違いない。

2009年11月11日水曜日

演出のギャラ

最近のテレビの演出のギャランティの平均はコンテ演出45~40万くらいだろうか。
作品や会社によっては、これより安いのも倍近く出ているものもあるとは思うが、おおむねこのくらいのものが多い印象だ。
ギャラが高い作品はそれだけ大変なことが多いので割がいいというわけではない。
コンテが20万から22,3万。演出料も同じくらいだが、最近は演出料の方が高い会社も少しづつ増えてきている気はする。演出はどんなに時間のない作品でもひと月半くらいかかる場合がほとんどなので20万の仕事をひと月半1本だと税金1割引かれて手取り月に12万くらいの稼ぎな計算。新人のうちは仕方ないにしてもずっとこれではきつい。 それにスケジュールが押すとそれだけ稼ぎが減る。慌てて他の仕事を取ろうと思ってもうまく仕事がない時もある。特に演出はほかの部署の進行に左右されることが多いので自分でスケジュールをコントロールしにくい。コンテの仕事は、自分次第なので演出よりはスケジュール管理がしやすい。なので、安定的に稼げるようになるには、コンテの技術は必須といえる。で、若い子によく言うのは、2ヶ月で3本の仕事をこなせるようになるのを目標にするといいよということ。「コンテ2本に演出一本」か「演出2本にコンテ1本」できるようになるとかなり楽になる。(演出3本は物理的に難しい)
まずこのくらいの仕事をこなすと月に30万位の稼ぎにはなる。あとこのくらいの量の仕事がコンスタントに取れるということは周りの評価もかなり高いと思っていいと思う。
大体このラインを超えるとよほどのことがなければ仕事に困ることはないと思う。
新人の時(フリーランスの場合)はこなすことはもとより、仕事を取ってくることが大変なので、仕事量は周りの評価と比例する。
歳がいくと量をこなすのはきつくなってくるので、いかに付加価値をつけるかということになる。
とにかく、そこそこ食っていけるようになるまではなかなか苦難の道だ。

2009年11月5日木曜日

やりたい仕事

若い時にありがちな悩みごとの一つに、自分のいまやっている仕事が面白く感じられないということがある。本当は昔見たあんな作品やこんな作品みたいなものが創りたいのに、自分の今の仕事は…みたいな。特にアニメーターの場合、動画と言う過酷な下積みがあるため挫折していく人は多い。演出にしたところで制作進行から演出になるのは容易でない。原画マンや演出になったところで、自分のやりたい仕事ができるかと言えば大概の人間が、自分の実力とやりたい事とのギャップに悩むことになる。しかし、ある程度実力がついて他人からも認められて仕事も結構選べるようになったときこそ、若い時考えていた自分のやりたい仕事というものが幻想であることに気づいて愕然とする。子供のころ見たあんな作品やこんな作品、ああいうものを作りたいと思っていた、しかしいざ創ってもいいよと言われたときその無意味さに気づく。過去に見た作品はもうすでに世の中に存在しているから。同じようなものをつくるのはただの模倣でしかない。模倣に意味がないわけではない。世の中の創作物で何かの模倣をしていないものは存在しない。もし存在していたとしてもそれは言葉としての意味を持たないはずだ。過去の時間の積み重ねに自分が接ぎ木をしていく。それが創造というものだと思う。答えはない。悩んで悩んで同時に手を動かすしか前に進む道はない。

2009年11月4日水曜日

作品と適性(2)

人それぞれ得手不得手があるというもののある程度の芸の幅がないと仕事としては厳しい。
その時々の流行りもあるし、全体に流通する作品の傾向は偏りがちだ。自分の得意な分野が主流と外れている場合、自分に合った仕事を探すのはなかなか難しい。
しかし、TVシリーズなどであれば全体の傾向が自分の得意と少しずれていてもその中の何本かのお話は自分の得意分野にはまってるということはありうる。
その時完全にその作品に合わせ切ることは難しくてもある程度寄せる技術があれば役割は果たせる。作品の監督であっても必ず不得意分野はあるもので、そこを補完することが大勢で作品をつくる意味の一つであるとも言える。
ある程度の幅といってもごく基礎的なことさえクリアしていれば対応できる作品は少なくないと思う。

2009年11月3日火曜日

作品と適性

自分の演出がどんな作品に向いているか自分だけで判断するのは大変難しい。
自分の好きな作品と自分に(制作する上で)向いている作品が違うことはままある。
が、自分で向き不向きが分かっていれば問題ない。すごく好きな傾向の作品なんだけど自分にスキルがない時はある程度ならば努力で達成できるようになると思う。しかしある程度以上はどうしても踏み込めない上手な人には敵わない感性やそれまでの経験の積み重ねの領域があって、そこを克服するのはなかなか難しい。
また、自分に向いていると自分で思っていても、他人から見るとそうでもない時と言うのが一番自分でも気づきにくいし軌道修正が難しいかもしれない。自分でやりたいものと違う傾向の作品ばかり振られるあなたは、自分の好きな傾向の作品を制作するのに向いていない可能性が高い。新人の演出の場合つてがないので仕事が来ないということもあるが、ある程度のキャリアがあるならば間違いなく向いてない可能性が高い。だからといって自分の好きなジャンルをあきらめることはない。自分の得意技を足掛かりにして苦手を克服していけばよい。何より己を知ることが重要だ。
自分の知ってる自分と他人の知ってる自分は違っていたりする。両方ひっくるめて自分なので他人の中の自分像を知ることも重要だと思う。
現時点の自分の演出の限界を知ることが演出の幅を広げるスタート地点だ。