2009年9月27日日曜日

カットの始まりと終わりについて考える(4)

何を表現するかは置いておいて、カットの始まりはファーストカット以外は基本的には前のカットと時間がつながっている。ので、カットの始まりと終わりは常にセットで考えていく。
どうやってカットが終わるかが、どうやってカットが始まるかを規定することもあるし、その逆もまたしかりである。
どんなカットもなるべくきれいにつなぐに越したことはない。
で、きれいなつなぎとは一体何だろうといつも考える。まあ、根本的な答えはないので毎度毎度頭をひねるしかないのだが、新人さんのコンテなど見ていると往々にしてありがちなのがカットの終わる理由を考えてないということである。終わりを考えていないので、当然始まりが唐突になってしまう。
一番単純にこれを解消する方法としては、カットが終わる切っ掛けをつくること。
例えば、画面の中にだれか立っていてその人が呼ばれて振り向くという芝居があったとする。このとき、振り向く芝居はカットの終わりの切っ掛けにできる。
きっかけがないとカットが終われないというわけではないが、あると非常にスムースに次のカットに行けることは多い。他の例で言うと、
「夜、どこか古びた洋館の一室、テーブルの上に一冊の古びた本が置いてある。すると、本に明るい光がさして、消えると部屋のなかに一人の男が立っていた。」
というようなシナリオの文章があった場合、本を寄りで写したカットの後、光が消えるのをきっかけにポンと部屋の全景が映って男が立っているというようなカット割りが成立する。
また、文章だけでは説明が難しい話になってしまうが、きっかけをつくることでレイアウトを自由にすることができる。
例えば、新人のコンテマンが陥りがちなのが、何でもかんでもなめこんでしまうこと。
ある人物が呼ばれて振り向いて、次にその呼んだ相手を写したい場合に振りむいた人物を必ず手前になめこんでしまうとか。振り向くというようなハッキリとしたきっかけの芝居がある場合、なめこまなくても、振り向いた人物の主観として呼んだ人物単体のカットにできることは多い。ただ、自分の描いたコンテの絵だけを見ていると二人の人物が同一の場所にいることが伝わるかどうかが不安で、なんでもなめこんでしまうのだ。だが、この調子だと3人以上のキャラクターが芝居に絡んでくるようなシーンになると、とたんに面倒になることは間違いない。うまくカットをつなぐことによって構図の幅もぐっと広がってくる。

2009年9月26日土曜日

カットの始まりと終わりについて考える(3)

凝ったカットつなぎに行く前にもうひとつ。カットの時間について。
一つのカットは始まりから終わりまでの時間を持っているが、ひとつのカットの時間はそのカット単体の持つ意味とそのカットが挿入されているシーンの時間(テンポと言った方がいいか)によって決まる。ゆったりとシーンなら、カットの時間もゆったり流れるし、テンポの速いシーンならカットの時間もテンポ良くという具合。なので同じ会話でもシーンのテンポを調節することによって随分印象が変わるので、カットの長さもそれに付随して変わっていく。
カットつなぎに話を戻す。
カットとカットは鎖のようにつながっていくものなので、ビーズの鎖がどんなビーズをつなぐかによって全く見た目が違うように、どんなカットをつなぐかで全く印象が変わる。
Aさんが感じた五分間と同じ場所にいたBさんが感じた五分間というのはまったく同じになる事がないような感じ。
実際の映像ではAさんが捉えた時間を十秒、Bさんがとらえた時間を十秒という具合にいろいろな視点の映像を混ぜながら使っていったりする。
その時、うまくつないであげないと、つながった一連の時間に感じることができないことがある。
逆にいうと、うまいつなぎはカット割を認識させなかったりする。
カットつなぎに凝るとは、いかに自然にカットをつなげるかだともいえると思う。

2009年9月25日金曜日

カットの始まりと終わりについて考える(2)

カットの始まりが前のカットと時間的につながっている場合、画の中に前カットに映っていた人や物と同じものが映っていれば位置や表情など基本的に合わせる。(映像の中の人やモノの位置はイマジナリーラインと関係が深く3次元空間の中での位置があっていれば同じ位置に見えるわけではないのだが、また違う話なので割愛する)
しかし、映像では時間はつながっていても同じ絵が映っているわけではない場合も多い。例えば向かい合って話している人物の片方づつを写すような場合(AさんとBさんが1カットづつで映っている)も同じ会話をしていれば時間はつながっていると感じることはできる。そのような場合、カットがどう始まるかと言えば基本的には前のカットを受けて始まる。
前のカットを受けるといっても色々あるじゃん…なわけだが例えば会話などはわかりやすく同じ会話が続けばよいのである。前のセリフに対してすぐに応えるか、あるいは一拍置いて応えるかによってセリフの始まる位置は決まってくる。
次はもっと凝ったカットのつなぎについて考えてみる。

2009年9月22日火曜日

カットの始まりと終わりについて考える(1)

最初はカットのはじまり方。物語の最初のカットは当然、先行する画がないので基本的にはどんな画でも構わない。しかし、ここを起点に、後ろにつながっていくカットは制約されていくので簡単ではない。後ろに重要なカットを配置するなら、それが生きるような画の流れを逆算しなければいけないだろう。ただ全体の中のカットの意味合いを考え始めると話が難しくなるのでもっと単純に考えてみたい。
多分、カットのはじまり方はものすごく大きく考えて2種類。前の画とつながったカットと、つながってないカットの2つではないかと思う。
なにをもってカットがつながっているとするのか、つながっていないとするのかが実は難しいのだが、ざっくりと分けるとこいうくくりがわかりやすいのではないかと思う。
なので、カットの始まり方は前のカットとつながっているのかいないのかというところから考え始めるのが普通なのではないかと思う。
つながってるつながってないというのは基本的には『時間』のことである。
物語のファーストカットは前に何もカットがないので制約がない。しかし、2カット目からは前のカットとのつながりを考えていく必要が生じる。

2009年9月20日日曜日

カットの始まりと終わりについて考える(0)

どうやって、カットが始まってどうやってカットは終わるか。しばらく、このことについて、考えてみる。
カット以前にどうやって物語が始まるかということもあるのだが、難しくなるので、もっと技術的な意味でカットの始まり終わりを考えてみる。

2009年9月15日火曜日

データ直し

素材がデジタルデータになってから、ちょっとした直しは自分でやってしまう。線が一本たりないとか、薄いとかは、動画を直すよりデータを直に直すほうが速い。セルの時も線を足すくらいならマジックでキュッと描けばできた。しかしデジタルデータだと目の位置を少しずらすとか、より細かい直しが出来る。やり始めるとキリがなくなりそうになるのやめ時が肝心なのだが。セルを使っていた時は、演出が撮出しといって全部の素材を最終確認していたのでその時、タイムシートの間違いや線が足りないとか、細かいチェックをしていた。最近は色指定さんが仕上げ検査のときに撮出しに近いことをやってくれている。ひどい動画を直すとか、決して仕上げ検査の仕事ではないのだが。動仕でとばして動画検査がチェック出来ないこともよくあることなので。撮影でも随分色んな事が出来るようになったので、撮影で何とかしてもらうことも多い。ただ、フォトショップなどは、ちょっとした直しでつかうには高いし、いらない機能もあるので、安くて速いソフトは何か無いかなと思っている。

2009年9月4日金曜日

止め

情景描写のようなカット(例えば商店街の全景とか)で止めをつくるとき、歩いたり走ったりしているポーズを使った止めをつくる人がいる。イメージカットだと割り切って使っているのだろうが、歩き走りのポーズを使わなくても十分動きのある絵は作れると思う。基本的に動いてる映像なので漫画のような絵の使い方は意味がないのじゃないだろうか。

2009年9月1日火曜日

ラティテュード

最近の流行りで室内にいる人を室内から窓バックに撮るような絵の時、室内の人物など少し暗く落とすのが当たり前になってきている。これは、写真のフィルムの濃淡の表現の許容量(ラティテュード)を再現したものと思う。人間の目はフィルムよりずっと幅のある濃淡を感じることが出来るので、前述のような画面でも映画や写真のような室内の暗さを実感として感じることは少ないと思う。なので、考えなしに暗く落とすのはどうかと思う。もっと色んな表現がありそうだ。