2009年7月31日金曜日

重さの表現、軽さの表現(金田伊功さんの仕事を考える)

アニメで重さを表現する時にどうするか。その方法の一つに1秒間に使う絵を増やすという方法がある。
そもそも、映画ならば一秒間に24枚(コマ)テレビなら一秒間に約30枚(フレーム)の絵を使っているのだが、アニメの場合テレビなら一秒間に約8枚の絵を使う。例えば人間が歩いているとか、立ったり座ったりなど日常的な動きは、ほぼこの枚数。走っている時は一秒間に12枚使うのが普通。これは2コマ打ちと言って1枚の絵を2コマづつ撮って一秒間の映像を構成しているということだ。一秒間に8枚の絵しか使っていない時は3コマ打ちという。なぜ、走りと歩きで一秒間につかう枚数が違うのかという話を始めるとものすごく長くなってしまうのでそれはさておいて、3コマ打ちより2コマ打ちが2コマ打ちより1コマ打ちが、という具合に一秒間に使う絵の枚数が多いほど重さを感じさせやすい。なぜかというと、たくさんの絵が眼に残るほうがはっきりと脳が動きを認識できるからだ。(もちろん、重さを感じさせる要素は絵の枚数だけではないのだが)逆に言うと軽さを表現するためには絵の枚数を抜いてやる必要がある。超高速度撮影(スローモーション)の映像を見るとよく判る。例えばシャボン玉が割れる映像などをみると実際のシャボン玉よりもねっとりとした重さを感じることができると思う。あれを実際の時間と同じ時間で再生してみても(例えば一秒に千枚の画を撮ったなら一秒間に千枚の画を再生する)やはり実際に目で見る時よりも重さを感じるだろう。なぜかというと一枚一枚の絵がストップモーションで撮られているからだ。肉眼では早すぎる動きは流れてみえる。電車の中から近くにある壁や敷石、柱など見るときなどの感じだ。しかし、高速度撮影した映像の一コマづつを見てみるとはっきりと写って流れていない。つまり、実際人間には見えない動きをとらえているのだ。アニメーションの絵はこの高速度撮影された絵と似ている。一枚一枚の絵がストップモーションで、流れた絵は基本的にはない。もちろん疑似的に表現することはできるが、基本的に肉眼で見たものとは違う。アニメの動きの気持ちよさというのは、このストップモーションによるところが大きい。肉眼では見えないものが見えるからだ。だが、逆に見えすぎてしまって気持ちが悪いということが起こる。例えば前述した走りは、一歩に4枚の絵を使うのが普通なのだが、その中に両足が地面がら離れた絵は無い。もちろん実際には両足が地面から離れた瞬間はあるのだが、アニメでその絵を入れると非常にやぼったく見えるのだ。走りの軽快さがうまく表現できない、そう感じて多くの場合両足が地面から離れた絵は使わない。これはアニメの絵がストップモーションであることと大きく関係していると思う。軽さを表現するために見せない絵をつくる、というのが欧米のアニメーションと日本のアニメが一線を画したところだ。ディズニーが創っていた手描きアニメは基本的にフルアニメーションだ。基本的に一コマ一コマすべて動かすべしという発想で作られているので、軽快な動きも日本のものとは違う独特のヌルっとした重さというか湿り気がある。現在の日本のアニメはフル(1コマ打ち)で動いているところでも、軽さを表現する技術というものを通ってきているので、ディズニーとは発想が全く違うといっていいと思う。どちらが良いということではなく、ただ違うのだ。亡くなった金田伊功さんは軽さを表現することが突出してうまいアニメーターだった。軽さを表現するということでは、とても大きな影響を残した人だと思う。今のアニメの礎を気づいた一人であることは間違いない。 

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