2008年12月31日水曜日

きっかけ

昔どんな作品が好きだったのか。たまに聞かれて振り返ってみるが、アニメということを意識してみるようになったのは劇場版ガンダム以降だと思う。
それまでもいろいろ見ていたがとくにアニメだということを意識してみたことはなかった気がする。
劇場版ガンダムはちょうど小学校高学年くらいで難しいお話にも多少耐えられるようになってきた時期でもあると思う。
好きだった作品はたくさんあるので、これが決定打でアニメの仕事を選んだ、というのはないがアニメというのを意識するようになったという意味ではガンダム以外思いつかない。

ネタ探し

アクションものギャルもの以外でドラマ中心の企画はなかなか売れない。
最近のものでぱっと思い浮かぶのはジブリアニメと『時をかける少女』くらいか。
ネタ的にぱっとしたものがないせいもあるかもしれないが、ドラマ中心だと買って何回も見るという行為と結びつかないんだろう。
今敏監督のものなど個人的には好きだが、派手に売れたものはなさそうだ。
ドラマ以外の引っかかりをつくるのはなかなか難しい。
そんなものがなくてもドラマがすごい力を持っていればいいのだろうが、おいそれと出てくるはずもない。

2008年12月28日日曜日

贅沢な悩み

新番のスタッフ編成で制作と相談。
あの人も入れたいね、この人も入れたいねと数え上げるが、制作話数が少ないのでそれだけの仕事を用意できない。声をかければ大体の人がやってくれそうではあるのだが。
こんなぜいたくな悩みそうそうない。
ありがたいことです。

口数

アニメーターは口数の少ない人が結構いる。
演出はしゃべるのが商売なので、人との関わりが億劫では話にならない。ある程度の対人能力は必須。
しかし、原画マンの場合かなり口数が少なくてもそれほど問題にはならない。問題にはならないのだが、作画監督、キャラクターデザインなど管理職的役割を帯びてくるとそうもいかなくなる。
制作、演出との関わりが増えて口数が少ないと扱いづらくなってしまう。
どんなに絵がうまくても、あまりにも対話ができないと集団作業のアニメは立ち行かなくなるのである。
もったいないなあ、と思っても対人関係は一朝一夕にうまくなるはずもなく、こちらからなるべく積極的に話しかけるくらいしか出来ることもない。
ほんとうにもったいない。

2008年12月25日木曜日

仕事の依頼

アニメの本数が大分減ったといわれつつも、まだまだ数が多いらしく仕事の電話が結構掛かってくる。
有難いことだが、タイミングが合わないとなかなか受けられず申し訳ない気もする。
仕事の量はあるのだが単価が上がった訳ではないのでアニメバブルと言われた近年もあまり金銭的な実感はない。ただ、量はあるので食いっぱぐれる心配はあまりしなくてすんだ。
ご多分にもれず不況の波はアニメ業界にも押し寄せてるようだが、ほとんど非正規雇用やフリーランスのスタッフの業界なので切る切られるは日常茶飯事。世間の騒ぎに同情しつつも切迫感は我が身にはなく、それがまた情けない気もする。
きっと世の中は雇用体系とか考え直す時期に来ているのでしょう。
スタジオではクリスマスパーティーをする模様。休日返上で働いているスタッフへのささやかな感謝。

2008年12月23日火曜日

ちまちまと

まだだいぶん先の新番のコンテを描いているが、時間があるとついちまちまとコンテの絵を直したくなってしまう。
どうせレイアウトでアニメーターがきれいに描き直すのだからそんなに細かく描いても仕方ないのは分かっていつつつい…。コンテはアニメのことをよく知らない人も見るので見やすいに越したことはないのだが、もともと絵描きではないので自ずと限界というものがある。
描きながらイメージを固めていく意味もあるので悪いことではないのだがあまり時間をかけすぎても問題。
どこまでが必要でどこまでが自己満足なのか、難しい匙加減。

2008年12月21日日曜日

昔読んだ本

『子供とファンタジー』昔読んで子供向けの創作などを仕事にしている人には非常に有益だと思ったのだが、絶版になってしまったようだ。
若い人は古本ででも探してぜひ読んでほしい。

演出2

演出処理は体力勝負なところが多く勢い若い人が仕事の中心だ。年を喰うとコンテだけで逃げたくなりがち。実際、処理をたくさん掛け持ちするのは厳しい。徐々に上がっているとはいえギャラも一本20万前後が相場になっているので、大体テレビのスケジュールは1話につき1月半から2カ月ほどかかるので若いうちはしのげても段々厳しくなってくるのである。
コンテに比べて軽視されがちな職分であるが、コンテがひどくても演出でよくなったなどということはざらにある。
あまりにひどいコンテを流すのは監督に問題があるが、演出がしっかりしているなら、 ある程度口頭の説明で済ますことも可能だ。
演出のという役職は監督との役割分担など外から見ているとわかりにくいが、もう少し注目されるといいなと思う。
昔は雑誌で各話演出も取り上げられたりしたが、最近はなかなか機会がないようだ。
若くていい演出は結構いると思うのだが。

2008年12月19日金曜日

年末っぽい

スタジオの中はいつもより人が少ない。暇ではないとおもうのだが、師走だからかなあ。自分も、ついのんびりしてしまう。

2008年12月16日火曜日

演出1

演出処理、処理演などと若干差別的なニュアンスを感じる名前で呼ばれたりもするが、コンテが出来たあとの実作業。
が、同じコンテでも演出が違うとびっくりするくらい出来が変わる。
まず各部署とと打ち合わせをして画を作っていく。演出の仕事の5割くらいは打ち合わせ。
ここでコンテにおかしなところがあれば変更を加えたりする。
コンテも実際画にする段階になると問題が浮かび上がってくることはよくある。)
原画マンとの打ち合わせが済むとまずレイアウトが上がってくる。
レイアウトで文字どうり構図が決められる。ライティングなどもここで決め込んでゆく。レイアウトの背景を描いた部分が美術部に渡され実際の背景画が描かれてゆく。
キャラクターはきれいに清書はされてない。(すごくきれいに描いてくる人もいるが)
演出は要望を描いて作監に回すか作監で直しきれないと判断すれば原画マンへ戻す。
最近は時間がないので、この時にタイムシートもしっかりチェックしなければならない。(原画マンへの戻しが遅れるゆえん)
そして作監が演出の要望に沿った直し、キャラクターのニュアンス、ディティール、動きなどをのせて全体を統一クオリティーを整え原画マンへと戻される。(ここもかなりの絵を入れなければいけない場合、戻しが遅れる原因になる)
最近は原画になってから直すのは大変なので、レイアウトの段階でできる限り煮詰めて、戻すのが主流だ。なので、最も時間がかかる工程かもしれない。
演出も、直しの必要な絵でもその絵で編集をしなければならないことが多いため、必要なら拙い絵を描いたりしてタイミングを決めなければならない。
役者もキャラクターの判別すら難しい絵で声を当てなければいけないこともあるので、気の毒だが。


2008年12月12日金曜日

絵コンテ2

テレビシリーズのコンテを初めて描く人が一番迷うのが、『どこまでアレンジしてよいか』ということではなかろうか。
テレビシリーズのコンテには制約が多い。予算の問題やスケジュール、あるいはスタッフの力量など様々な要素を加味して考えなければならない。
また脚本は文章で書かれたものなので、実際画にしていく段階で過不足な要素も見えてくる。
監督ではないので作品の全体像を完全に把握しての直しというわけにもいかない。
自分が新人の頃も脚本を前にさんざん頭を悩ませた。
まあしかし慣れてくるといじっても大丈夫なところとそのままにしておいたほうがいいところの塩梅も自然に見えてくる。どうしても判断がつかないところは監督に聞けばよい。
あと自分が新人の頃は間の作り方が非常にへただった。
アニメで止まってる絵を作るのは結構恐怖感がある。しかし実際には止まってる絵というより、間がないと派手に動いているところが生きてこないということが多い。
人間は一定の刺激が続くと先が予想できて集中力が下がるので、アクションがあまり長く続くとたいがい飽きてしまうと思う。野球のピッチャーじゃないが緩急つけるのが大事である。
間がないと尺(作品の長さ)も足りなくなりがちなので、どうやって長くしようか考えるだけでえらい時間がかかっていた記憶がある。
最近は参考になる絵コンテも沢山出版されているが、やはり眺めているだけではなかなか読み解けないことも多い。
表現うんぬんのまえに、いろんな要求を満たしたコンテを描くというのはとっても難しい。

2008年12月11日木曜日

絵コンテ

文字で書かれたシナリオから実際の画の流れを起こす作業。
テレビの演出では担当する話の前後に続きがあることが多いわけだが、当然ほかの話はほかの演出家が担当しており、前後との合わせが必要となる。
本当はすべての脚本に目を通し、今後の展開も理解しつつ描けるといいのだが、それは難しいので監督に要点を聞いてそれに合わせての作業となる。
いろんな伏線が回収されるようなほかの話との関連性が高い場合、監督がコンテを描くのがベストだが、やむを得ずほかの人に振った場合そのコンテマンも監督も苦労するはめになる。
前後の話数とシーンが完全につながっている場合も他の話数のコンテが上がっていることはまずないので監督とキャラクターの位置関係など大体きめて描くのが通例だ。
そもそもキャラクターのいる場所の設定がなかったりキャラクターの絵が決まってなかったりすることもある。そいうときはしょうがないので勝手にこちらでイメージを作って、あとは監督様よろしく!である。
また、作品によってはシナリオの雰囲気がが完成した作品とかなり違っているときがある。
そいうときは、筋そのものが同じでも監督やコンテマンがディティールをたくさん加えていることが多いので、上がっているコンテなどをもとに合わせていくのだが、好みの違いなどもあり容易ではない。
かくしてコンテは難しく、作品と合う合わないなども非常にあり、新人さんは苦労する。
また、絵の描けない演出家は絵を描くことそのものに苦労することもある。(コンテの絵は分かり易ければ丸チョンでいいと思うのだが)

2008年12月8日月曜日

値下げ

RETASというプロの使っているアニメ制作のソフトがかなり安い値段で売り出されるようだ。
あの値段ならアマチュアのみならず、プロも個人製作やスキルアップのために個人的に買う人が増えそうだ。使う人が増えればソフトも進化していくだろうし、少し楽しみである。

2008年12月5日金曜日

タイムシート

タイムシートのチェックは演出の重要な仕事である。アニメーターが描いたある芝居の動きが問題なかったとしてもその芝居と次の芝居の”間”は全体を通してみている演出が決めなければならない。
何か人にあげたとき間髪入れずに「ありがとう」と言われるのと数秒の間があって言われるのとでは受け取る印象が違う、『もしかして嬉しくなかった?』とか思ったり、間で同じセリフや芝居でも随分違って見えるものだ。
戦闘シーンは畳みかけるように芝居を積んでいったり、草むらで日向ぼっこしているところは人物は動かずカットもゆっくり変わり雲もゆったり流れていく、というような具合である。
最終的には編集という作業で全体の長さを決定するのだが、アニメの場合タイムシートをチェックするという作業がほぼ編集に近いので、演出の編集的な感覚が全体の編集の出来不出来を左右することが多い。
デジタル化されてからはだいぶ編集の直しも楽になったが初めてつないだ画を見るときはやはり緊張するものだ。

2008年12月3日水曜日

素早い仕事

最近は日本で放映されたアニメが次の日にはほかの国の言葉に訳されて動画サイトに上がっていたりする。
たまに白箱(完成した作品の見本)が届かないので動画サイトで見ました、なんてスタッフもいる。
その迅速なスピードもさることながら、日本語の作品が字幕で見られているのが驚きである。
われわれ日本人はハリウッド映画など字幕で見ることに慣れてはいるが、こと英語圏の人間が字幕で他国の映像を見るというのは、よほどの好きものであろう。
吹き替えは難しいだろうが字幕で見てくれるのなら、ネットで日本も含めた世界同時配信など出来たら楽しそうだ。

2008年12月2日火曜日

24コマの不思議

アニメで使用する絵は基本的に1秒間に24枚。実際にテレビなどで見る映像は1秒に30枚あるのだが、アニメの場合映画と同じ秒間24枚の絵を水増しして30枚にしている。
アニメ制作のデジタル化が進む過程で、24枚から30枚へと変換する時いろいろと不便な問題が出て最初から30枚で作っていた作品もあったのだが結局今では24枚に落ち着いたようだ。
なぜ30枚ではダメだったのか。
単純に使う絵の枚数が増えるとお金がかかるということもあったのだろうが、やはり生理的に合わなかったというのが一番の理由な気がする。
1秒間を30等分。確かに時間は12進法なので1秒を24等分するというほうが自然なのかもしれない。(しかしストップウォッチは1秒以下は100分の1秒単位だ)
1秒を30等分だってなれれば気にならないよというアニメーターもいたが、結局皆慣れぬままに元に戻ってしまった。
不思議である。

2008年12月1日月曜日

巨大ロボットと魔法少女

この二つのモチーフは長きにわたってアニメの定番だったと言っていいと思う。
巨大ロボットは主人公の男の子が乗り込むことによって同化して腕力を手に入れる。強くなるというのは男の子のだれしもの願望だ。
魔法少女は変身していろんなことのできる魔法を手に入れるのだが、むしろ重要なのは大人になるということだった気がする。
どちらのモチーフも共通しているのは時間を飛び越えて力をてにいれること。少年少女が大人になるという疑似体験をすることが通底するテーマだった気がする。
昨今ロボットアニメも魔法少女ものも以前ほどの隆盛はない。
しかし少年少女の変身願望は減ったのだろうか。巨大ロボットや魔法少女は飽きられたのか、はたまた安易すぎるのか…。
かといって、2つのモチーフが全くなくなったわけでもなく、人気作もいまだにあるし。誰か俯瞰した考察をくわえてくれないだろうか。

2008年11月30日日曜日

プロでも分からない役職

アニメは仕事が細分化されているために役職の名前を聞いただけでは何をやってる人か分からないことがある。監督と演出とか監督と総監督とか。
じゃあ仕事を始めてから分ったかといわれると、細かな部分は現場によってかなりまちまちなのでよく分からない。
そもそも集団で作るものはどこがだれの手柄とかいいきるのは本当は難しい。しかし要になった人は確かにいるのでその人が代表してお褒めの言葉を与ったりはする。
なのでプロもスタッフロールを見ながらどの人が作品を押し上げたのか、漠然と想像しながら見るしかないのである。

2008年11月27日木曜日

美術設定

美術設定を工夫することでキャラクターの性格などを表現したりすることがある。日常でも部屋を見ると何となくその人の人となりが分かるように。
何も語らずともある場所にある人がいる、それだけで色々伝わることがある。
悲しい時に海辺に行くのか遊園地に行くのかはたまたパチンコ屋にいくのか。悪の親玉がピンク色のメルヘンな部屋に住んでいることはあまりない。(あえて外していくことで生まれるキャラクターもあるが)
美術設定がいいだけで絵作りはとても楽になる。

2008年11月26日水曜日

しるし

自分が仕事をした後、見ましたよという印にチェックマークを描くのだが、たいがいは自分の名前の頭文字とか、ピッと線を引くだけだったりするが、たまに面白い人がいる。
自画像を描いたり独自のキャラクターだったり。
忙しい時だとこんなの描いてる暇があるなら早くよこせと突っ込みたくなる人もいるが、遊びの延長にある仕事なのでこういうのを忘れちゃいかんなと思ったりもする。

2008年11月24日月曜日

物語を所有する

音楽は十二音平均律からデジタル化へとあらゆる音韻、音響情報を一般化し、等価に扱えることをめざし、映像もまたしかり本物の役者ももCGのキャラクターも今や等価に扱える。
金もあらゆるものを一般化するためのツールだし、人間のあらゆるものを自分たちで制御したいという欲望から『物語』だけ逃れるということも出来ないだろう。
漫画、アニメの二次創作に見られるように物語はバラバラに解体されたり増殖したりして、受け手の中でそれぞれの必要とする物語へ再構築される。
携帯小説など、インターネットによってあらゆる個人は自分の物語を発信することも容易になった。
そんななか、職業としての物語作者は何を創っていくべきなんだろう。
再構築されるための大きな物語を創る、というのが現在の主流な方向性。
硬すぎない可塑性をもった物語が好まれるが、どんどん柔らかさは増していっている気がする。
物語の多様性を保持するには商売の在り方を考え直すしかなさそうではあるが…。

2008年11月18日火曜日

マンネリ回避

コンテの仕事を受けていると、あ、これ前にもやったという話にぶつかる。
物語の種類はそう沢山あるわけでもないし、ましてこの人にはこういう話が向いているだろうと振られた仕事はよけい似たような話になる可能性は高い。
たとえばバレンタイン話や肝試しとか…。
こういう話好きだし向いてるんだけど、前と何か違ったアプローチできないかなと考えつつ仕事を進めるのだが好みが知らず知らずにじみ出て、気がつくとやっぱり似ていたり、前にやって成功したことはつい同じことをやってしまいがち。
だからといって、変えすぎて訳の分からないものになっても困る。
匙加減はいつも悩むが、同じような話でも世界観や見る人たち変われば新鮮だったりするしあまり考えすぎないほうがいいのかもしれない。

2008年11月17日月曜日

ダビング

ダビングとは音を付ける作業である。
声、効果音、音楽をいっしょにまとめる。
一週間前くらいには音響効果を作る人にそこまでにできた絵を渡すのだが、完全に完成した絵を渡せることはほとんど稀で、大体は線撮りと言って色のついてない絵で音をつけることが多い。
色が付いていないと、どんな場所にいるか判らなかったり、特殊な撮影の効果が入っていなかったりするので、当然音を作る人は想像で音を付けることになる。
放映されたものを見て頭を抱えた効果マンは少なくないだろう。音響さんには足を向けて寝られないのである。
家庭で見るときの音の環境も良くなってきているので、作るほうもそれなりに準備をしないと赤っ恥をかくのだが、絵がない時はいつも申し訳ない気分でいっぱいである。

2008年11月12日水曜日

アニメとアニメーション

大体においてアニメは、色面構成されたキャラクターがマチエールを持った背景の上にのる、という画面構造を持っている。
商業アニメーションの枠組みの中では、この技法から外れて作るのは物理的にかなり困難だ。
アニメに限らず漫画のほとんども色が塗られていないだけで同じような画面構造をもっているので、多人数で製作するのにかなり汎用性の高い画面構造だといえるのだろう。
アニメ制作にコンピューターが導入されて久しく、セルやフィルムを知らないスタッフも少なくない。
デジタル化によって制作の、特に最終工程付近の作業の大変さはかなり軽減されたと思われる。(徹夜するスタッフの数ははあまり減っていない気がするが…)
画面作りの自由度が上がって、何か決定的に新しい画面作りが出て来そうな気もしていたが、そんなこともなくセルアニメーションの技法がいかに優れているか、ということが感じられる。
きっと二十年、三十年の単位でみれば大きく変わっているのだろうけど。
(さすがに最初期のテレビアニメと比べる画面の密度は恐ろしいほど高い)
作画からコンピューターでやってしまう人も出てきている昨今、いまだセルの延長線上にあるデジタルアニメから脱却できないだろうか。
3Dのアニメーションが次世代アニメの潮流かと思っていたが、思ったほど本数は増えてないようだ。2Dと比べた時のコストがまだ高いのだろうか。
最近は2Dの不得意なところを3Dでやってもらうことが多いが、しばらくはこういったスタイルがメインのようだ。
最近の3Dのアニメーターさんはディフォルメした動きもとてもうまくなっているので3Dだけでもっと面白いことができそうな気はする。単純にリアルなだけでないものが。
ディフォルメされたキャラクターがリアルな立体の世界の中を動き回るだけでは、今のセルアニメと
意味的な差異をつくるのは難しい気がするのと、やはり、リアルになればなるほど動きのコントロールが難しそうなので何か手を考えなければいけないだろう。
セルアニメも絵の完成度が上がっていくだけでない何かを考えなければいけない気はするが、それがアーティスティックなアニメーションに向かえばよいというわけではないと思うし。
ただ、アニメが切り捨てたアニメーションの幅をいろんな角度で再考する時期が来ている気はする。

2008年11月11日火曜日

いまどきの演出

テレビアニメの演出でマストなテクニック、
レイアウトで見せる。
この辺はレイアウトで見せて…頻繁に言われるし言う言葉。
テレビの予算やスケジュールの中ではこれをいかにうまく使うかが、作品のクォリティーを保つカギとなる。
別に目新しいテクニックでもないが、線の多い作品が増えたり、アニメーターの不足が著しい昨今はとても重要だ。しかし、なかなか難しい演出である。
新人の演出は絵が描ける描けないにかかわらずとにかく動かしてしまいがちだ。
間をつくるのが不安な新人さんは多い。勢い動かしてしまうのだが、かといってどこで間をとるかの呼吸をつかむのも、それなりに熟練を要する。上達するには何にもましてたくさん仕事をするのが一番な気はするが、音を想像してみるのがいいかもしれない。
実際、音を入れてみたときに、間が短かったと感じることがすくなくない。
間が作れるようになれば絵的な構図は何とかなりそうな気がするのだが…。
あんまり、止まってばかりなのもそれはそれでアニメを作ってる気がしないので、バランスにいつも悩むのであるが、答えはない。

気ままに

制作の周辺で考えたことを記録してみる。