2017年1月18日水曜日

人格権て難しい

森のくまさん」の歌詞をパロディにした芸人さんの歌が訳詞を作った作詞家に訴えられたとか。著作権は人格権を持ち出すととかくややこしい、と個人的には思う。
自分のように集団作業で著作物を作っている人間は、そもそも人格権の境界が曖昧だ。
自分でもどこまで自分が作品を作ったと言えるのか、その境界を見つけるのはかなり難しい。
後から、これは俺が考えたんだなどと主張するのは記憶の捏造もあるし信用できない。
集団作業においては他人の意見は必ず入り込んでくるので、一人だけで作ったと言える部分はほとんどないと言ってもいいのではないだろうか。
そんな仕事のせいか、人格権の訴訟はいまいちピンとこない。
件のパロディーのようなものが、作者の好みでOK、NGの判断をされるとしたらおかしい。
ドナルド・トランプがキャンペーンで使った音楽をめぐっての抗議なんかも人格権に類する騒動なのだろう。気持ちはわかるが、使うなというのも難しいというか自分は無理があると思う。
自分の作品の18禁のパロディーなどは笑ってみてしまう。
自分は特に怒りなど感じないのだが、同じスタッフでも眉をしかめる人もいる。
著作権はもっと整理されないとなと思うけど、人格権の部分はとても難しそうだ。

2017年1月14日土曜日

現代劇

最近ずっと考えているのはアニメで現代劇をやるということ。
これまでも現代劇の企画は色々とあったわけだけどオリジナルの現代劇の企画は基本的に通りにくい。
実写でやればいいじゃん、と言われてしまうことに関して何らかの答えを用意しておく必要があるから。
そして何より売れないから。
昨年は「心が叫びたがっている」や「君の名は。」があって原作ものも「聲の形」や他に幾つかあったので実は現代劇が沢山出来た。
しかし、依然として現代劇のハードルは高いやに感じる。
映画でスマッシュヒットを狙うのはアリかもしれない。
テレビシリーズは…パッケージを売るということをメインに据えると難しそうだ。
しかし現代劇の企画を作ってみたいなぁ…という目標をのんびり考えていきたい。

2016年12月31日土曜日

2016年締め

今年は個人的な区切りの年だった。
長く続いた仕事が終わったので気分的には開放された。
今年のアニメはあまりたくさん見られたわけではないが、ヒット作に性的ファンタジーに頼ったものが少なかったのが良かったと思う。
10年ほど前に比べたら随分と作品のラインナップが豊富になった。
これはとても嬉しい。
後半は劇場アニメヒット作が続いたのも印象的。
来年もこの調子で良い企画が続くといいと思う。
自分も新しいことができるように頑張ろう。

2016年12月2日金曜日

当たるも八卦当たらぬも八卦…ではない

作品が当たる当たらないは、確かに運の要素も大きい。
しかし昨今当たっているアニメは、それなりに内容も付いてきているのではないか。
逆に言うと、内容が面白ければそれなりにヒットする可能性は非常に高くなってきていると思う。
少なくとも今年話題になったアニメで性的ファンタジーをメインに据えた作品の印象が薄いのは喜ぶべきことだと思っている。
それは作り手が、多様性を作り出そうとしていることの表れのようにも感じる。
話題になっている作品でも現場は相当に火を吹いている事も多いが、観客の求めているものと作り手の想像力のハーモニーが重なり始めているのかもしれない。
当たるべきものが当たり始めている。
まだ見ていないが「この世界の片隅に」などの広がりを見て少し希望が湧く。

2016年10月4日火曜日

気になった記事

同業の方のこんなブログを読んで、うん分かると頷きつつ、しかし技術革新だけでは解決できない問題もあるような気がしてしまう。
いずれにせよ、現行の手書きアニメ制作のワークフローが全てデジタル化されてから初めて技術革新てやつと向き合うんだと思う。
紙を使ってる現在ではお話にならない。
フランスなどにも手描きアニメをデジタルで制作している会社はあるようだが、ワークフローはどうなっているのだろう。
たぶん、世界のディズニーのアニメスタジオが「手描き」を手放した現実とこれからがっつり向き合っていくことになるのだろう。

デジタル化して職種をクロスオーバーする:これを実験しているスタジオはいくつかあるようだ。
しかし、現状上手くいきそうな組織はまだない、と思う。
安定的に運用可能な組織を作るためには優秀な人材を集める必要がある。
その優秀な人材を集める、逆に言えば使えない人は組織に入れない、という選別がどの程度可能なのかということについて難しさを感じる。

技術革新と共にビジネス的な革新が必要なのは間違いがないと思う。